(男鹿と古市・死神パロ)
いや。いやいやいや。
「しっ、シニガミ?」
「おう」
「ガチで言ってんの、それ?」
「おう」
「……だって、鎌持ってねえじゃん」
「んなのてめーら人間が勝手に決めたことだろーが」
「は、羽生えてっし」
「飛べねーけどな」
「飛べねーのかよ!」
「雰囲気だ」
羽をしまったあとも、おれはしばらく呆然としていた。いやいやいや。ナイナイナイ。死神って。
「この間も今日も、俺は魂回収に来たんだよ。猫とオッサンじゃえらい違いだけどな。そこにおまえがたまたまいただけだ。邪魔なアホなやつ」
「っはあ?!アホは余計だっつーの!」
にやにやしているこの男が死神だなんて考えられない。だって、見た目おれと一緒じゃん。同じ学校通っててもおかしくねーよ。死神っていうのはもっとこう、魔女みたいな服装で、鎌持ってて。こいつも顔はまあ、人相悪いけど、どっちかっていうと悪魔みたいな。
「おいおまえ今めちゃくちゃ失礼なこと考えてるだろ」
「いやいや別に!た、魂取らないでっ」
「アホめ、魂は上から言われたやつのしか取れねーんだよ」
「あ、そうなの?」
「寿命ってやつが尽きるとき、おれらは上から命令を受けて降りてくんだ。そいつの魂しか取らねえ。他のやつの魂を取ったら……」
「……と、取ったら?」
ものすごい悪人面で笑ったので、もうこれ以上聞かないことにした。おっかない。
「まー安心したまえ下等動物くん。われわれ死神は素手でそいつに触れない限り魂は奪えないのだよ。だからこうして普段は黒革の手袋をしている」
やけに納得してしまい、流されかけている自分に気づく。いかんいかん。でもこいつの話にはリアリティがある。羽も、出すことはできてもどこにしまったんだと聞かれると答えは見つからない。
まさか本当に、と息を詰めたのとほぼ同時に、指先がおれの方を向く。
「そんなことより、なんでおまえ、俺様が見えてやがる」
「……は」
「死神っつーのはな、基本的に人間には見えねえもんなんだよ。じゃねーと逃げられちまうからな。勘の良いやつは死ぬ直前にちらっと俺たちが見えたりするが、おまえは寿命もまだまだあるくせになんだあ?なんで俺が見えるんだアホ」
「いや知らねーよ!つーかそのちょいちょいアホ呼ばわりすんのやめてくんない!古市貴之っつー立派な名前が、」
そこであることに気づく。
「そういや、おまえ、名前なんてーの?」
「……あ?」
「いやだから、名前。名前ないと呼びにくいだろ」
「呼びにくい、って、呼ぶ必要なんかねえだろ、もう俺上帰るし」
「っだから!おまえの任務だか仕事だかのついでだったにしろ、助けてもらったのは事実だから。しかも二回も。なんかお礼しねーと気が済まねーんだよ、バカ」
「……」
「仕事以外でもこっち降りてこれんの?」
「え、あー、まあな」
「ならさ、お礼考えてる間こっちに来いよ。別にずっと居なくてもいいし。おまえがなんか思いついたらおれんとこ来てよ。そんとき名前ないと不便だろ?」
さっきまでの悪人面と打って変わって、きょとんとした顔でこっちを見るので思わず目の前で手を振る。
「おーい、どしたー?」
「いや、……、……俺、死神だぞ?」
「わかってるよ、さっきも言ってたじゃん」
「信じんのか?……怖くねえのかよ」
「なんで?怖くないよ。信じるかどうかはまだ図りかねてるけど、今んとこおれの中のおまえって、おれの恩人、だし。おれは死神とかよくわかんないことより、そっちを信じる」
そう言うと、ますますそいつはおかしな顔をして、ちょっと笑った。あ、また、だ。くらりとする、目眩。
「おまえ変だわやっぱ」
「はあ?つーか、名前」
「オガ。男鹿辰巳」
すっと差し出される右手。固い革の手袋で包まれた、人の死を操る右手。
「よろしくな、古市」
「……ん」
気の利いた言葉も言えず、ただ右手を握る。上目遣い気味に見た男鹿の瞳は、相変わらず綺麗だった。