(男鹿と古市・死神パロ)
あれから、二週間が経った。もちろんというか、おれがまたあいつに会うことはなかったわけで、いつも通りの日常を過ごしていた。ただあのとき絡まった視線が忘れられないでいる。あんなに強く引き寄せられたのに、あっさりすぎる別れだった。
「おにーちゃん、お弁当忘れてる!」
「あ、ごめん!いってきまーす」
妹のほのかから弁当を受け取り家から出て、予想外の寒さに震える。そろそろマフラーの季節か。おれ寒がりなんだよなあ、とぼんやり考える。息を吐き出すとわずかに白い。
学校までの距離はそう遠くないので徒歩である。親しい友人は近くに住んでいないので、登校はいつもひとりだ。幼なじみというのが欲しかった気もするが、できれば過去のことは思い出したくないので良しとしよう。
(……ん、なんだ?)
たまたま目をやった路地裏に影が見えた。まさか、と思い入り込んでいくと予想は的中していて、ホームレスと思しきおじさんが横たわっていた。きっとこの寒さで倒れたんだ。あわてて肩を揺する。
「大丈夫ですか!意識ありますか!」
「……ぅ」
小さく息が漏れる音を聞いてほっとする。「よかった、いま救急車呼びますからっ……?!」
電話をかけようとした手をものすごい力で掴まれる。今さっき倒れていたのが嘘のようなその強い力に携帯を取り落とし、かしゃんと音を立てた。肩が抜けるかと思うほどの力で引き寄せられかけたので足の力でなんとか踏ん張る。
「に、にいちゃあん……たす、たすけてくれる、のかあ?やさしいなあ、やさしいなあ、やさしいなあ、」
「ひっ……」
長く伸びた爪が食い込んでぴりりと痛みが走る。目が虚で、ほとんど意識がないことを知る。声を出そうにもこんな朝、しかも路地裏から叫んだって誰にも聞こえやしないだろう。やばい、なにがって、とにかくやばい。男の爪がズレて皮膚が抉れる。あーおれここで死ぬのかな、なんて安直なことが頭に浮かんだ。
「またおまえかよ」
「っ、え……」
声がした。首を捩ってそっちを見やる。視線が絡まるあの感じ。ばさり、と、黒い羽を纏って、あいつがそこに立っていた。
「え、なんで、おまえ……」
「おまえとか言うなアホ」
「アっ……?!そっちのが失礼だろーが!」
「うるせーうるせー」
こつこつと靴を鳴らしながらこっちに近づいて来る。ていうか、なんでここがわかったんだよ。しかも、呼んでねえし。
また、肩が抜けそうなほど腕を引かれる。だから爪痛いって。男は困惑したような顔でおれを見た。
「にいちゃん、だれと喋ってるんだあ……?」
え、と思うひまもなく、あいつの手が男の顔面を掴んだ。しばらくすると腕から力が抜けて、そのまま全身弛緩して倒れ込む。解放された手には血が滲んでいた。
あいつはこの前と同じく真っ黒の恰好で、ただひとつ違うのは背中から大きな黒い羽が生えていることだけだった。そう、まるで、あの日残していった烏の羽のような。
「さ、さんきゅ」
「別に助けたつもりはねえ」
「なんだよツンデレかよ、……な、このひとどうなったの」
「あ?死んだ」
「……は?」
あまりにも平然と言うので、こっちがおかしくなったのかと錯覚する。死んだ。死んだ?
「っ殺したのか?!」
「ちげーよ。元々こいつは死ぬ運命だったんだ。だからおれはここに来た。まあおまえがいるのは想定外だったけどな」
「運命?ここに来た?な、何の話だよ。意味わかんね……しかも、なんなのその翼、なんで……」
「死神だからだよ」
「……は?」
黒手袋を嵌め直して、羽を広げる。どこまでも続く闇が、眼前を覆い尽くす。
「俺は、死神だ」
とうとうおれも寒さで頭やられたか。