(男鹿と古市)
ぢょきん。
(あ、……やべ、まただ)
はらりと落ちる自分の分身を見て世界が揺れる感じがした。よく見ると足元には沢山の銀色が散らばっていて、ああ、またやらかした。右手には鈍く光る刃物。
(あー……また怒られるなあ)
三白眼の幼なじみを思い浮かべる。片付けるのが面倒で、そのまま後ろに倒れ込む。酷い脱力感と睡魔に襲われて、目を閉じる。少しだけ軽くなった髪の間からすき間風が吹いた。
「おま、またかよ」
「へへ」
思ったとおりの声で怒られた。男鹿は呆れたようにため息をつきながら、おれの髪を撫でる。
「笑ってんじゃねーよ、アホ」
「うん、ごめん」
「謝んな」
「ごめんな」
「……行くぞ」
前を歩く男鹿に歩幅を揃える。男鹿は優しい。だからおれを捨てられない。かわいそうな男鹿。おれに捕われた、かわいそうな、男鹿。
中二の秋に入ったころから、おれは気がつくと自分の髪を切るようになっていた。昔から自分の髪はコンプレックスで、周りの奴らから疎まれる原因で、大嫌いだった。小学校後半になってくると、大柄の奴らに押さえ付けられて髪を無理矢理切られることも珍しくなくなってきて、男鹿はいつもそいつらから守ってくれたけど、完全に守りきれるはずもなくて幾度も髪を切られた。それは中学でも同じだった。
そんな日々が続き、いつのまにか自分で髪を切るようになった。無造作に、無茶苦茶に。いっそのことすべて抜け落ちてしまえばいいと本気で思った。そんなおれを抱きしめてくれたのは男鹿だった。たぶんおれ、頭おかしーよ。なのにずっと一緒にいてくれる。そんな男鹿のやさしさが嬉しくて、不憫だった。
最近は切る回数も減ってきたけど、そのかわり自分が荒んでいっているのがわかった。何をしても楽しくなくて、夢の中のような浮遊感に時々叫び出したくなる。ああ、壊れてきている、となんとなく感じた。おれが髪を切るのはきっとリストカットと同じことだ。髪を切れば、あいつは、男鹿は、おれを心配して、離れられなくなることを知っているから。浅ましい、なあ。
「なー男鹿」
「あ?」
「ごめんな」
「だから謝んなって、」
「おれまだ生きたいわ」
「……ああ」
こんなになっても、まだ、おまえのそばで生きていたいと願うのは、そんなに可笑しなことかな。そうは思うのに、喉の奥から押し寄せてくる笑い声を噛み殺せず、おれは噴き出した。
「あーなんてばかみたいな光景!」
(情けなくて涙が出るね。)
-----
とりあえず、自分で髪の毛を切っちゃう古市が書きたかったでごわす。