(男鹿と古市)



たたん、たたん。電車が揺れる。おれはひとり、赤いシートの電車で揺れる。外に見えるのは知らない景色、海が太陽に反射してきらきらと光っていた。

携帯を見る。着信、127件。ひゃくにじゅうなな件、て。心の中でつっこみを入れる。誰もいないから笑うやつもいない。これ、軽くストーカー並じゃねえの。口元が緩んで、笑う。

数年前にもこういうことがあった。あのときはひとりではなかったけど。電車に乗って、知らない場所まで行った。到着したのはやっぱり海の近くで、暗くなるまでそこにいた。当時は携帯なんか持っていなくて、家に帰ると親に泣かれた。ごめん、って小さい声で謝った。もう二度とこんなことはしないと誓った。ずっと、この右手を繋いでいられるなら、と。

でも、その右手は離されてしまったから。

知らない駅名が告げられる。まだ、降りない。降りられない。おれは携帯をもう一度見る。着信、128件。増えてる。いつの間に。

それは全部あいつからだった。そんなの、いちいち考えなくてもわかる。おれに一番近いのはあいつだったから。おれがいなくなったことに気づくのはあいつだけで、気づいてほしいのもあいつだけだったから。それ以外はどうでもいい。おれのすべてはあいつだった。

携帯が光り出す。着信。表示される二文字に胸が痛くなって、なって、きりきりと、苦しい。ああ、どうしたってこいつは、こんなにもおれの心を縛り付ける。突き放してくれればそれでいいのに、中途半端に優しくなんかするな。もうおれの手は掴まないくせに。ならば、もっと遠くへ。おれの目の届かないところまで行ってしまえばいいのに、どうしてまだ、こんなことをする。

ぼろりと双眸から涙が落ちる。誰もいない車両におれの嗚咽が響く。いやだ、いかないで。その言葉が音になる前に喉元で朽ちる。呼びたい名前。でももう呼んじゃいけない。あいつはおれひとりのものじゃない。二人だけの世界から、おれの手を離して、行ってしまう。それは決して咎められることじゃなくて、むしろ素晴らしいじゃないか。不良だと忌み嫌われていたあいつが、たくさんの仲間を得て、広い世界へと飛び立つ。まるで竜のように。

その背中を押さなきゃならない。離れていくあいつを見送らなきゃならない。でも、おれは、それを笑って見送れるほど、大人ではなかった。

光りつづける携帯。握りしめて、うなだれる。ああ、どうして、おまえはここにいないの。ずっと一緒にいるって言ったじゃん。あれは嘘だったの。どこにもいかないって、そう、言ったのに。ほんのすこしのお小遣を握りしめて、狭苦しい世界から抜け出して電車に飛び乗ったあの日、おれはもうどこにも行けないのだと知った。握りしめられた右手を離した瞬間、おれの世界は死んでしまうのだと悟った。それはまるで胎児のように、右手から伝わる生きる感覚、幸せ、感情、その他諸々。それがなければおれはたちまち形を失って、砂になる。それを本能的に悟った。

涙が止まらない。どこにいくの。どこにいってしまうの。いかないで。離さないで。縋らせて。ああ、おれが女だったら、おまえの彼女だったら、そんなことばも簡単に吐けたのかな。

「っ……男鹿……」

たたん、たたん。電車は揺れる。





この世界にたったふたりだけだったら、僕らはもっと近くにいられたのにね



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フリリクに参加してくださったコウさまへ。【おがふる前提のおが←←←ふるで、男鹿が自分から離れていってしまうような感覚に陥る古市】でした。リクエストに沿えているか甚だ疑問ではありますがとても楽しく書かせていただきました、ありがとうございました。
恒例の補足:男鹿さんの不良仲間が増えて寂しい古市でした。ちなみに男鹿さんは古市と離れたとか微塵も思ってません。デリカシーないからね、しゃーない!さっさと仲直りしろ!



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