(シンドバッドとジャーファル・現パロ社会人×高校生)



チャイムが鳴ると同時に教室を出る。後ろから自分の名を呼ぶ声が聞こえた気がしたが無視した。早足で歩き、校門を抜けたところで走り出す。胸が高鳴って仕方がない。息が切れるほど走る自分が可笑しかった。

普段曲がらない角を曲がり、古びたアパートの階段を駆け上がる。郵便受けを覗くと鍵が入っていて、物騒だからやめろと言っても聞かない部屋の主に舌打ちしながら、なんとなく信頼されている気がして口元が緩んだ。ドアを開けると少しだけ埃っぽくて、噎せる。長い間空だったこの部屋に今日、あのひとが帰ってくる。

とりあえず窓を開けて、目についたところから掃除をしていく。元々物が多い部屋では無いからすぐに片付いた。時計を見るとまだ時間が合ったので、買い物に行く。閉めた鍵はポケットにしまった。

鍋を火にかける頃には辺りも薄暗くなって、時折ドアの方を見ながら緊張し始めているのがわかった。もうすぐ、もうすぐあのドアノブが捻られる。待ち焦がれた、あのひとの手によって。


「あーつっかれたー、ただいまー」

「!」

がちゃり、と開いたドアを凝視する。ああ、お久しぶりです、会いたかった、あなたに。

「ああ、久しぶりだな、ジャーファル」

「っ……」

お玉を鍋に突っ込んだままそっちに走り、少し高い位置にある首に飛びつく。足が一瞬ふらついて、それから腰を支えられた。

「お、熱烈なお出迎えだな。それより、鍵を開けっ放しにしておくのは物騒だからやめなさいとあれほど」

「お帰りなさい」

「……ジャーファル」

ぎゅう、と回した腕に力を込める。どれほど待っていたと思っているのですか。あなたを想った日々が、どれほど。

「お帰りなさい、シン」

「ただいま、ジャーファル」

シンはいつもと同じように笑い、私を抱きしめた。



「にしてもたくさん作ったなあ」

「そりゃ、久しぶりですからね。腕によりをかけて作りましたよ」

テーブルの上に並ぶ料理は確かに多い気もしたが、まあいいだろう。ほこほこと湯気を立てる鍋にはたっぷりのカレー、シンの好きなエビフライ、卵焼き。どれもたくさん作った。

「それに、出張している間に余所の雌犬に餌付けされてたら困りますからね」

「雌犬って……おまえその口悪いの直しなさい」

「ふふ、事実ですから」

「そもそも、俺がおまえ以外のやつになびくはず無いだろう」

瞬間、顔が熱くなる。目が合ったシンがにやりと笑って、唇を噛む。しまった。

「なんだ?雌犬とかは平気で言うくせに、甘い言葉には随分と弱いなあ」

「っうるさい!黙って食べなさい!」

「ははは、かわいいなあジャーファル」

「かわいい言うな!」

スプーンを口に運ぶ。我ながら上出来だ。薄目でシンを見ると「ジャーファルは冷たいなあ」だのとぼやきながら食事を進めていた。懐かしい、この感じ。また口元が緩みそうになって、慌てて顔を引き締めた。

シンが遠くの地に出張に行くと聞いたのは半年前の寒い日だった。私も着いていくと言ったがシンと戸籍上の関係もなく尚且つ高校生の身分では当然の如く許されるはずもなく、涙ながらにシンを見送った。あの日の自分は今でも思い出したくない。子供のように大泣きして、最後の最後までシンを困らせた。

携帯電話というものを持ち合わせていない私に、遠く離れてしまったシンと交流する術は無いに等しく、ただ待つしかできなかった。ぽつりぽつりと来る葉書に返事を書いてしまっては自分の溢れんばかりの想いを制御出来なくなる気がして、いつも葉書を抱きしめて泣いた。それでもシンは月に一度は葉書を寄越した。それが嬉しくて、歯痒くて、切なくて、泣いた。

「そうだ、結局おまえ返事書かなかったな」

「……何のことです?」

「惚けるなよ、俺は毎月葉書出したろう」

「ああ、そういえばそうですね」

「……ほんと、かわいくねえな」

「かわいくなくて結構です」

「ジャーファル」

テーブルの向かいから手を伸ばされ、頬に触れられる。暖かい指先が痺れるような甘い手つきで撫でる。触れられた先から融けてしまいそうな、そんな感覚。

「会いたかったよ」

「……」

「一人にしてすまなかった」

「……今更ですよ」

「ごめんな」

「バカシン」

「愛してる」

「……それも、今更です」

そっと触れる。懐かしい、キスの味。心がきゅんと切なくなって、いつまでもシンの唇を感じていたかった。


洗い物を済ませてから時計を見ると、もう夜の十時を回っていた。シンの方を見ると床に寝転んでうたた寝をしている。それもそうだ、シンにとっても久しぶりの我が家なのだ。

そっと荷物を取って小さくシンを揺らす。「シン、シン。起きてください。こんなところで寝てると風邪ひいちゃいますよ」

「ん、んー……」

「まったく……シン、私帰りますから。横にお布団敷きましたから、ちゃんとそっちで寝てくださいよ」

さらりと長い髪を撫で立ち上がろうとすると手首を掴まれる。寝ぼけ眼のシンがこちらを見ていた。

「……もう、帰るのか?」

「ええ、母にはあらかじめ言っておきましたけど、さすがに帰宅が十一時を過ぎてしまうのは気が引けます」

「泊まっていけばいいだろう」

「あいにく明日も学校です」

「送っていく」

「今夜シンが私に指一本触れないと約束してくださるなら良いですよ」

「……おまえは鬼か」

「なんとでも」

「ジャーファル、待ちなさい」

手が伸びてきて、腰に回る。私の貧相な足に顔を埋め、甘えたように擦り寄って来る。どうしたものか、と考えていると、そのまま後ろに押し倒された。

「ちょっ、シン!」

「何もしないから。黙って抱きしめられていろ」

突然シンから男の臭いを感じてどきりとする。強引で、わがままで、それでいて優しい、私とは違う大人の男性。されるがままにきつく抱きしめられ身動きが取れず、シンの髪に顔を埋めて肺いっぱいにシンの匂いを吸い込んだ。愛しい。愛しくて泣きそうになる。

「……シン、好きです」

「ああ」

「私が卒業したら、」

「わかっているから、それ以上言うんじゃない」

ようやく体を離し、シンが笑いながら頬に口づけた。

「その時が来たら俺から言うから、待っていなさい」

「また待たせるんですか」

「おまえは待っていてくれるだろう?」

「すごい自信ですね、もしかしたら私、他の男や女に浮気してしまうかもしれませんよ?」

「そんなはずはない。なぜならおまえは俺を愛しているからな、俺がおまえを愛しているのと同様に」

「……ほんっと、恥ずかしい大人だな!」

「事実だよ」

それ以上の小言を押さえ込むように唇同士が重なる。シンの熱い舌が口内を這い、頭がくらくらとした。シン、ああシン、私、あなたが好きです。愛しています。あなた以上に好きになるひとなんて存在するはずがありません。

シン、愛しています。シン。

「送ろうか」

「いやですね、あなただって私の強さをご存知でしょう」

「……明日も来れるか?」

「来ちゃいけないんですか?」

「意地が悪いな」

「あなたほどでは」

そしてまた、キスをする。今度は触れるだけの。立ち上がり、鞄を持って部屋を出た。外は真っ暗で、少し肌寒い。

階段を降りたところで、ふと思い立ってシンの部屋を振り返る。と、向こうもドアを開けてこちらを見ていた。さっきまであんなに眠そうな顔をしていたくせに。

「シン!」

まさか声をかけられるとは思っていなかったらしいシンが、驚いたように身を乗り出す。

「私、今度の出張は待ちませんから!」

そう何度も待ってやらない。ぽかんとしたシンの顔が可笑しくて笑ってしまう。

「今度は、意地でも着いていきますからね!」

しばらく固まったあと、「なっ」と小さく声を漏らしたシンに手を振って、足取り軽く帰路を急ぐ。ああ今日は、なんと良き日だろうか。





私の少しだけ上機嫌な一日
(あいつ男前過ぎるんだよ……)



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現パロシンジャ。ツイッターでお世話になっておりますイベルさんにお礼の品として献上したものでした!社会人×高校生ってたぎるよネ!!
ちなみに裏設定↓
ジャーファル:高校三年生。優等生、真面目。元ヤン。親が小学生のころ離婚、父親に付く。再婚して、父親と新しい母親との間にマスルールという弟ができて、二人ともそっちにかかりっきりになっちゃって疎外感→グレる。シンに出会って自分の存在意義を見出だす。
シン:社会人。覇王。そこはかとなく覇王。家は金持ちでそこそこ頭も良いけど大学には行かず就職、自分の会社も作ろうと目論んでる。しかもボロアパートに住んでる。謎。白のベンツが愛車。
マスルール:ジャーファルの弟。十歳ぐらい。寡黙で聡い。十歳じゃねえ。
年齢操作ありまくりですがこんな感じです。突然会社作っちゃうシンとか大学生シンとかも興奮しますがね。もっと過去がどろどろしてるジャーファルさんとかも興奮しますがね。とにかくシンジャならなんでも興奮しますがね。たまらん。



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