(男鹿と古市・男鹿誕生日ネタ)
「あ」
カレンダーを眺めて、ふと気づく。たったいま破り捨てたカレンダー。八月のカレンダー。
「……男鹿の誕生日忘れてた」
言い訳になるが、おれと男鹿は小学校からの幼なじみだ。加えて、あいつの誕生日の八月三十一日は夏休み最終日でもある。あの男鹿が毎日こつこつ宿題をやっているはずもなく、また一人で終わらせることができるはずもなく、おれはあいつの家に呼ばれて手伝うわけで、必然的に毎年誕生日は一緒に過ごしてきた。八月三十一日はおれにとって夏休み最終日でも男鹿の誕生日でもなく、男鹿の宿題を片付ける日だったわけだ。
男鹿は宿題をやっていないことがばれるとまずかったようで、おれが毎年行くのはすべて男鹿の誕生日を祝いにきた、とごまかしていたようだ。だからおれは形だけでもそう装うことを強要された。ドアを開けて一言、「オメデトウ」。自分が言えって言ったくせに照れ臭そうに笑う男鹿、おばさんが用意したケーキ。なんだかんだ、おれも楽しんでいたんだと思う。男鹿の誕生日を祝いたくないわけではなかったから。
しかし、高校一年生、今年の八月三十一日。おれは風邪を引いた。高熱の中、メールで『すまん。行けなくなった』とだけ送って、あとはひたすら眠っていた。流行りの夏風邪らしく、まるまる三日寝込んで始業式を逃し、ようやく登校できるようになった九月五日。たまたま目に入ったカレンダーを手にしたおれは、気づいたのだ。
今年、あいつの誕生日祝ってねえ。と。
「おっがくーん」
ピンポンを押す。しばらくの沈黙のあと、ゆっくりと、それはもうゆっくりと家のドアが開き、奥から緩慢な態度で男鹿が出てくる。明らかに不機嫌だ。
「お、おっはよー、いやあおれさあ、三十一日からずっと寝込んでてさあ、しかも土日も挟んじゃって、ようやく来れたの今日とかマジ笑っちゃうよなー!」
「古市」
「はいっ!」
「うるせえ」
「……はい」
ぶすっとした顔のまま男鹿はおれの前を歩く。なんだよ、なんでそんな怒ってんだよ。もう十六だろ。誕生日に喜ぶ年でもないくせに。
「……めんどくせーやつ」
ただの独り言、の、つもりだった。
「う、えっ?」
右手を思い切り引かれ、路地に連れ込まれる。後ろの塀に背中をしたたか打った。
「いっ……て、めえっ!何しやがる!」
「それはこっちの台詞だろ」
「はあっ?てかおれ病み上がりなんですけどっ!」
「関係ねえよ」
「あるっつーのバカオーガ!」
ぎりぎり、男鹿に掴まれた右手が悲鳴を上げる。唾を飲んで必死に堪えた。こんな怒ってる男鹿、久しぶりに見た。なんでそんな怒ってんの。誕生日祝ってもらえなかったのがそんなにムカついたのかよ。しかもおれ別にわざと祝わなかったわけじゃねーし。風邪なんか、一種の不可抗力だろ。やべ、なんか泣きそうになってきた。
そんなおれの心中を知らず、男鹿はひたすらおれを睨みつづける。おまえも何か言えよ。言わねーとわかんねーよ。なんでそんな、おればっかり。
「、え、おい、古市?」
「っ……、見んなばかおが」
一粒こぼれ落ちたらあとは続けざまだった。涙がこぼれて止まらない。くそ、くそ、なんでおれ泣いてんだよ。なにムキになっちゃってんだよ。格好悪い、情けない、そんな感情が入り混じって、また余計に泣けた。
「な、なに泣いてんだよ」
「うっせー……おま、おまえがそんな、怖い顔っ、するからだろーがばかおがっ!ボケッ!」
「ボ、ボケ」
「つーか右手イテーんだよ離せって、おまえと一緒にすんなっ」
「あ、わ、わり」
「うー……なに泣いてんだ、おれ、もー……ごめん……」
ガキはどっちだよ。情けなくてどうにもたまらなくなる。はあ、と吐いた息が熱いのが自分でもわかる。男鹿が困惑しているのが雰囲気でわかる。こういうときの男鹿は非常に役立たずだ。自分以外のやつにおれが泣かされてるときはおれが止めるまでぶちギレてたりするけど。はた迷惑なやつ。
誕生日、そんなに祝ってほしかったのかな。おれに?おれじゃなきゃだめなわけ、それ。誰でもいいじゃん。まあおまえおれ以外に友達いないけど。
「ふ、るいち」
「……なんだよ」
「すまん」
「……もーいーよ。おれも泣いたりしてごめん。なんか……なに、なんでそんな、怒ってんの」
「、あー、それはあれだ、おめーが、その、三十一日、うち来なかったろ」
「だって寝込んでたもん」
「男子高校生がもんとか使うな」
「うるせー!」
やっぱり誕生日で怒ってんだ。心狭いなこいつ、いいだろ別に、毎年祝ってんのに!
「その、だからだな、おまえがな、そのー」
「誕生日忘れてたからだろ?」
「は、誕生日?誰のだよ」
「え?だからおまえの」
「あ?」
「ん?」
話が噛み合わない。まさか、と男鹿を凝視していると、しばらく考え込むような仕種をして、あ、と小さく声を上げた。
「俺八月三十一日誕生日だわ」
「……はあっ?」
「いやーすっかり忘れてたぜ、そーだそーだ」
「え、いや、ちょっと待て男鹿。おまえ、なに、それで怒ってたんじゃねーの?おれがおまえの誕生日、祝いに行かなかったから」
「あ?何言ってんだよ、おまえ俺の誕生日祝いに来る予定だったのか?高一にもなって?気持ちわるっ」
「はああ?いや、だって、おれ毎年おまえんち行ってたじゃん!おめでとうって言いに行ってたじゃん!」
「え?」
「は?」
しばしの沈黙のあと、閃いたように男鹿が叫ぶ。
「っあー!あれってそういうことだったのか?」
「そういうこと……っておまえがそうしろって言ったんだろうが!」
「いやー忘れてた。完全に忘れてた」
「はぁ……?」
なに、じゃあおれ毎年意味もなくおまえにおめでとうおめでとう言ってたわけ?てか男鹿も気づくだろ?何これバカ?バカだったなスマン。おれの今朝からのもやもやした申し訳ない気持ち返せ。
一気に脱力して座り込む。あほらし。男鹿らしいといえばらしいけど、何年も忘れてたとかバカじゃねーの。
「……あれ」
そこでひとつの疑問が浮かぶ。
「じゃあなんでおまえそんな怒ってんの?」
ばつの悪そうな顔をした男鹿を見上げる。そうだそうだ、誕生日を忘れてたにしろ、こいつが今朝から機嫌が悪かったのは事実だ。誕生日じゃないなら、なんで?
「あー……いい、忘れろ」
「はあ?おれ泣かされ損じゃん。つーか、気になるから言えよ」
「いいっつってんだろ、ちょっと勘違いしてただけだから」
「なんでだよ!いいから言えっバカオーガ!」
「っおまえが!」
どん、と後ろの壁に手を付かれて肩が跳ねた。顔を明後日の方向に向けながら、心なしか早口で告げる。
「毎年毎年かわいい笑顔でうちに来るから今年も待ってたらおめーが来なかったからムカついただけだっクソアホ市!」
「……っ」
なにそれ、なにそれなにそれなにそれ!
顔が見えなくても耳が真っ赤だ。なんだよ、男子高校生にかわいいとかいう形容詞付けていいのかよ。きもちわりー、きもちわりーよ、はは、ばかおーが、はは、ははは。
(笑えばいいのに)
「……おが」
「……んだよ」
「…………誕生日おめでと」
「……おう」
こんなに心臓バクバクしながら言うの、初めてだ。
8月31日の悪魔
(ばっかじゃねーの、ばっかじゃねーの!)
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今更すぎるおがたんでした…ウフフ…すみません…
ちなみにできてないおがふるです。誕生日忘れる男鹿さんかわいいね
そして11月11日につづく…(のか?)
にしてもこの古市は男鹿に対して何回「は?」と言ったんだろうか…