(男鹿と古市・幸せじゃないので注意)
知らなくていいよ。ずっとずっと、おまえは知らなくていいよ。
そこに転がっていたのはおれの抜け殻だった。ぎょっとして周りを見渡しても、みんな今日の春の陽気に浮かれて足取り軽く進むだけで、どうやらこれはおれにしか見えていないようだった。
おれは転がったおれの抜け殻をちょいと足で蹴ってみた。かさり、と乾いた音で一回転。行き交う人々が抜け殻に足を突っ込んだ。触れられるのもおれだけのようだ。
「古市」
聞き慣れた声で名前を呼ばれて振り返る。男鹿。男鹿にもそれは見えていないようだった。
「おまえ、来んのおせーよ」
「貴様に指図される筋合いはない」
「おまえから指定してきた時間だろーが!」
よくわからないそれを放置して、おれは男鹿の横に並んだ。あれは一体なんなんだろうか?小さな疑問は歩いているうちに消えていた。
家に帰ると、抜け殻はそこにあった。
「まじかよ……」
眠るようにベッドに横たわるそれはおれと寸分違わぬ顔をしていて気持ち悪かった。何なんだこれ。悪夢でしかない。
つついてみると蝉の抜け殻のような触感で鳥肌が立った。なんでこんなもんが現れたのか、つうかそもそも脱皮なんかしてねえし。ということで、おれはそれを粉々に砕いてごみ箱に捨てた。もうおれの前に現れることはないだろう。
そう思っていたのに。
「……なんでいるんだよ……」
翌朝学校に行くとそれは転がっていた。もちろんだれにも見えていない。おれが盛大にため息をつくと隣に立つ男鹿がどうした?と聞いてきたので適当に手を振っておいた。
なんで復活してんだよ、しかも学校にまで来るとか絶対おかしい。それともおれが疲れてんのか?目を擦るが抜け殻はそこに存在していた。
授業中もそいつがずっと足元に転がってるもんだから集中できず、足でそれを持て余していると男鹿にうるさいと怒られた。なんでおれが。悪いのは抜け殻の方なのに。
帰る時間になってもそいつは相変わらずそこにいた。無視して男鹿を引っつかんで教室を出る。なんか今日はえらく疲れた。
「おまえなんか今日おかしいぞ」
「うーんおれがおかしいのかなあ」
「そうだろ、ずっとそわそわしてるしよー、なんだ?ストレス溜まってんのか?」
「あーだれかさんのせいで慢性的にな」
「はあ?」
「男鹿くん!」
校門を出たところで、石矢魔に似つかわしくない愛らしい声が飛んで来る。え、と前を見遣るとこれまた愛らしい容姿の女の子が、こっちを見ていた。
「ちょ、おまえここ来んなっつったろ」
「え、あ」
男鹿が小走りにそっちに向かう。え、あんなかわいい子が男鹿と友達?なんで?なにが起きた?
「、あ」
そうだ、
あの子は男鹿の彼女だ。
そう思ったとき急に気づいた。慌てて後ろを振り返ると教室の窓から抜け殻がこっちを見ていた。ああそうか、あれはおれの、
「悪い古市、こいつ連れて帰るわ」
「ん、わかった。じゃーな男鹿、女の子の前でケンカすんなよ」
「うるせーアホ市」
二人並んで遠ざかる背中を眺める。がさり、と音がして視線を落とすと抜け殻はおれの足元でおれを見ていた。視界が歪む。
「あそこは、ずっとおれの席だと思ってたのになあ」
春の死骸
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タイトルは 水葬 様からいただきました。
ちょっと電波ぽくてすみません…これひとつじゃいまいち意味わからない感じでしょうか…ね…近々解説編書くかも、かも、です