(男鹿と古市)



とりあえず、ヒルダさんたちには下の階に行ってもらった。そのとき男鹿の家族に会ったけどみんなおれのことわかっていたので、どうやら本当に記憶が戻ったらしい。何はともあれ良かった良かった。

が、しかし。これは良くない。

「……おい、古市」

「うっせー喋りかけんな」

普通言うだろ真っ先に。何のんきに漫画読んでんだよバカじゃねーのバカですねすんませんした!

しかも記憶喪失中の記憶もがっつり残っているらしい。なんなのこの羞恥プレイ。消えたい。ベル坊いますぐおれを消し炭にしてくれ。

「なに怒ってんだよ」

「なにっておまえが言わなかったからだろー!おれバカみたいにべらべら喋ってうっかり泣いちゃったりしてマジバカみてー!つうかバカ!バカだおれはーっ!」

「でもどうせ、“俺”にもう一回言うつもりだったんだろ?」

「っ……そ、そーだけど、さあっ」

心の準備ってもんがある。なんかよくわかんねーけど軽蔑されるとかはないみたいでとりあえず一安心だ。でも、おれの言葉を全部聞いた上で、男鹿は、おれにキスをした。その意味がわからない。なんで、キスするんだ?もうあんなのやめにしたいのに。

「じゃあ俺にちゃんと言えよ」

「、は?」

「おまえの気持ち。おまえが俺のことどう思ってんのか、“俺”にちゃんと言え」

「……なんでそんなエラソーなわけ」

「偉いんだよ」

あ、デジャブ。なんかこんな会話した気がする。

「古市」

「……ばかおが」

うつむく。フラれるのは、怖い。わかっているのに告白するのは怖い。おれの世界すべてにそっぽを向かれることは足がすくんでしまうほど怖いけど、それでも伝えると決めた。だからおれは、言うんだ。

「好きだ」

ずっとずっとおまえだけが好きだよ、男鹿。


「……時に古市くん」

「あ?」

結構頑張って言ったのに、男鹿はなんてことないって顔で何やら話し出した。

「ちょ、男鹿?」

「まあ黙って聞け。昔話をしてやる。昔々、いやまあまあ昔、あるところに男の子が居ました」

いや昔の期間はどうでもいいよ。

「その男の子はひどく乱暴者でした。殴ることしか知らなくて、何をするにも力任せでした」

「ひでー。男鹿じゃん」

「口挟むなって!……男の子は、いつも独りでした。でもそれが悲しいとも思いませんでした。なぜならずっと独りだったからです」

ああ、本当に昔の男鹿みたいだ。昔の男鹿はほんとに手が付けられなくて、よく大人達が持て余していたっけ。がき大将というにはあまりに一匹狼で、狂暴すぎた。

「男の子は、友達が何なのかも知りませんでした。ただむかつくやつを殴る。それしか知りませんでした」

気に入らないやつは殴る。それ以外も殴る。そういうやつだった。

でも、男鹿は、

「そんなある日、男の子に運命の出会いがありました」

「、え」

肩を押される。ゆるりと、壁に追い詰められた。

「一人で泣いている子供を見つけたのです。その子供は男の子と同じくらいの年でしたが、最初男の子は自分より年下の女の子だと思っていました。さすがに年下の女の子を殴るような真似はせず、特に深い意味もなく、自然に、話し掛けました」

なに泣いてんだよ。

「女の子は顔を上げて、泣き腫らした目で男の子を見ました。女の子は髪の毛がボサボサでした。どうやらだれかに無理矢理切られたようでした。男の子は続けました」

なあ、なに泣いてんだよ。

「男の子は泣いている子に話し掛けるのは初めてで、何も話さないその子に苛立ちを感じました。飽きてしまった男の子は、もういい、と吐き捨ててどこかへ行こうとしました。すると、」

まってぇ……!

「声がして振り返ると、走り出そうとした女の子がこてんと転んでいました。ですが、すぐに土と涙でぐちゃぐちゃな顔を上げて、叫びました」

ひとりにしないでぇっ……!

「っ……」

「……それを聞いた瞬間、男の子は一生女の子を守り通そうと決めました。女の子のずたずたに切られた綺麗な白い髪の毛が、光に反射してきらきら光っていました」

男鹿の手がおれの頬に触れる。次から次に溢れる涙を拭う。おれそろそろ涙枯れるんじゃないかなあ、なんて思いながら。

「その女の子が実は男の子で、まさか高校生までずっと一緒に歩めるとは、そのときの男の子は微塵も思っていませんでした。昔話、終わり」

「っ……お、があっ……」

「待たせてごめんな。好きだよ、古市」

「ふ……っ、おっせーよっ、ばかおがあっ……!」

そしてキスをした。熱が強すぎて頭がおかしくなりそうだった。背中が痛い。けれど夢中で貪り付いた。男鹿、おが、好きだ。ごめんな。遠回りしてごめん。それでも、嘘じゃないから。好きだって気持ちは、一瞬たりとも消えたことはないから。




『……なー』

『ん、なに』

『おまえなんでいっつもぼーしかぶってんの』

『え……だ、だって、みんなにきもちわるいって、言われるから』

『はあ?』

『お、おがも見ただろ……こんないろだと、みんなにきもちわるいって言われて、か、かみのけ、きられたり……するんだよ』

『……ふーん、もったいねーな』

『え、』

『おれがおまえ見つけたの、そのかみのけがおひさまのひかりできらきらしてたからだぞ。きれーな、てんしさまみたいだっておもったから、こえかけたんだぜ』

『……っ』

『まあ、おまえがいいならいいけど。せっかくきれーなのに、かくしたらもったいねーよ』

『……』

『……ん?ふるい……ってなんで泣いてんだ?!』







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