(男鹿と古市)
おれは善人であるから、いつもこころに優しさをもっていなければならない。何物からも一歩引き、自分の意見を突き通すような真似はできない。そういう生き方なのだ。
そんなおれが唯一欲しがったのは男鹿辰巳という男で、こいつはバカでバカでバカな野郎だったが何よりも愛しい存在であった。不良と恐れられているけれどなんだかんだこいつの周りにはひとが集まってきて、たくさんのひとに必要とされている。だからおれが独占してはならないのだ。ぐっとこころを殺すのだ。なぜならおれが善人であるから。
「なあ、最近俺のこと避けてねえ?」
そう切り出されたのは突然の出来事で、いつものように昼飯の焼きそばパンにかぶりついた瞬間だったもんだから間抜け顔のまま男鹿を見た。男鹿はいたって真剣で、おれはそれにちょっと引いた。
「……気のせいだろ」
「気のせいじゃねえ。避けてんだろーが」
「なんでそう思うわけ?」
「態度に出てるだろ」
このバカは変なところが聡い。おれはわずかながら舌打ちをして、笑顔を取り繕う。
「最近いろいろ忙しかったからなあ、おまえも不良軍団とばっかつるんでたし。おれまで不良とか思われたら、綺麗なお姉さん方に示しがつかねーじゃん?だから、」
「ぺらぺら嘘ばっか喋りやがって、騙せると思ってんのか」
話を遮られる。そりゃ騙せるわけねーよな。おまえはバカだけどおれのことはよく知ってるから、そういうのわかるんだよな。でも、だからってどうするんだ?言うのか?おまえが欲しい独り占めにしたいって言うのか?言うわけねーだろ。深く追求する度胸もないくせに偉そうにすんな。おれだっておまえのことをよく知ってるんだよ。
「べつに避けてねーから安心しろよ、それともおれがいないとサミシイのかあ?」
「寂しいよ」
「……え」
「だから」
「え、ちょっ、」
右手を引っ張られて男鹿の左胸に当てられる。どくり、血が沸く。男鹿の心臓が動いてる。
「おまえがいねーとここがイテーんだよ。おまえは?なにも感じねーのか?」
なにこれナニコレ想定外すぎるんですけど!こんな積極的な男鹿見たことねーし!てか、右手が、男鹿のしんぞーが、おれの、しんぞーが右手の男鹿がおれの、ああ?
「古市」
「っ」
まっすぐ見つめられて目眩がした。あ、おれいま絶対顔赤い。さっきまでの真面目なモノローグどこいったよ。
でも、だめだよ、だってだっておれは善人で、どこにでもいる通行人Aで、そんな大それた役回りにいちゃだめなんだ、おれは男鹿の人生の一部にいられればそれだけで、
「ふ・る・い・ち」
「っ……さっ、さみしーです……」
ようやく振り絞った言葉は蚊のように細く、聞こえなかったのか男鹿が体を寄せてきた。
「お、おまえの横じゃなきゃ、さっ、さみ、さみしい……です」
「よしよし。じゃあこれからどうすんだ?」
「どっ、どうって」
「離れたら寂しいんだろ?だったら」
「っ……ず、ずっと一緒に、い、る……とか」
「わかった」
「へっ?!」
半ば無理矢理立たされる。右手は相変わらず男鹿の鼓動を間近で感じていて。
「この心臓おまえにやる」
「え」
「だからおまえの心臓も俺によこせ」
「え」
「結婚しよう」
「っ……はあ?!」
耳を疑う。けっこんケッコン血痕……結婚。
「バッ、バカじゃねーのおまえ!男同士は結婚できねーんだっつの!」
「だからなんだ。おれが結婚するって言ったらすんだよ」
「はあ?!現実問題無理だっつうのつうかおまえおれのことっ」
「好きだ。なんか問題あっか」
「っ!……て、めー……!」
ひとが何年も抱えてきた想いを、そんなすんなり、
「……つーか、おれの気持ちは無視かよ」
「俺のこと好きだろ?」
「…………おまえはもうちょっと少女マンガを読んだほうがいい」
「うるせー。でもそうだろうが」
風が吹く。顔が熱くて、それが心地好かった。男鹿を睨むけど、男鹿は相変わらずにやにや笑っている。むかつく、こいつ。
「なあ、どうなんだ」
「……好きだよ、バカオーガ」
善人なんてくそくらえだ。
さよなら、リトルプリンセス
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澪帆さん宅への提出品です。遅くなってほんとうにほんとうにほんとうにすみませんスライディング土下座ズザアアアアアア
拙い文章ですが参加させていただきありがとうございました!今後も応援しております!
補足:リトルプリンセスってのは小公女という意味らしく、その辺をぐぐってると「善人」って意味が出てきたので、おお!ということでこんな感じになりました。意味違うかったらごめんなさいわあ(↑▽↑)最初はテーマが初恋で、ずっとひた隠しにして泣いてきた男鹿への恋心が高校生にしてやっと叶って報われて泣いてた幼い自分=リトルプリンセスとさようならする、って感じのを書こうとしてました。まあこれと大して変わんねーやハハッ(↑▽↑)
お粗末様でした!