(男鹿と古市)
泣き顔を見られるのは癪だったが、一度溢れてしまったものは止まらず、男鹿を力任せに殴りながらずっと泣いていた。悲しくて、どうしようもない焦燥感に襲われていたから。
「あーも……くそ、痛い」
「だろうな」
「おまえのせいだよ」
「なんでそうなる」
「いっつもおまえが守ってくれるから、おれは強くなくてもいいのに」
「だから、忘れたって」
「忘れたからってなかったことにすんのかよ」
「……なんつか、めんどくせえな、おまえ」
「うっせ!死ね!」
いろいろ考えてるのはおれだけで、今の男鹿にしてみれば全然知らない男が子供みたいに泣いててバカみてー、ぐらいにしか思えないんだと思うと腹が立ってきて、男鹿の記憶が戻ったら本気で一発かましてやろうと決めた。
「立てるか?」
「立てねーよバカ」
「軟弱め」
「うっせ!」
ひょいと掴まれた体は宙に浮き、気づくと眼前に広がるは男鹿の背中。え、なにこの体制。もしかして、担がれてる?
「軽っ!てめーちゃんと飯食ってんのか?」
「え、いや食ってるし!つか、離せ!歩けるって!」
「さっき立てねーって言っただろーが。いいからおとなしく担がれてろ」
「だ、だからって、男ひとり肩に担ぐバカがいるかよ……」
おれの反論を無視して歩き出す。夕方とはいえひともちらほらといる。恥ずかしくて死にそうだったから汗の匂いの残る男鹿のシャツに顔をこすりつけた。匂いは変わっていなくてまた泣きそうになった。
「おまえさあ、その髪、地毛?」
「……そーですけど」
「キレーだな」
「……」
「さっきおまえを見つけられたのも、その髪が反射して、きらきらしてたからだぞ。うん、良い色だな」
「……」
「おい、聞いてんのか、古市」
「うるせーよ、ばか……」
昔と同じこと言うな。古市、だなんて呼ぶな。また目頭が熱くなって、目をぎゅうと閉じる。会いたい、会いたいよ、男鹿。思い出して。