(男鹿と古市)
男鹿は、キスはいくらでもしてくれたけどセックスだけはしてくれなかった。そういう雰囲気になっても途中で遮ってくる。童貞のくせに、と罵ってもそこだけは譲らなかった。
偽物の恋慕なんて所詮その程度だ。男鹿はおれを好きではなかったし、この行為の背徳感に溺れていただけだ。本気だったのは、おれだけ。構ってほしかった、なんて、子供みたいな言い訳はしない。男鹿が好きで、好きで、触ってほしくて、そんな肉欲にも溢れた想いで男鹿を見ていた。好きになってもらえるはずなどないと自覚しながら。
「い、って……」
痛みに目を覚ますとおれはゴミのように路地裏に捨てられていた。体中が軋む。口の中は血の味がした。罰には持って来い、だな。
このまま消えてしまえたら。切にそう願った。この想いと共に消えてしまえたらどれほどいいだろう。この世界におれは要らない。おれが男鹿の世界を欲していただけなのだから。もともと対等な関係じゃないのに、同じ気持ちになろうなんて考えが馬鹿げていた。
「……ばか、おーが」
「誰がバカだ」
「?! って……!」
声に反応して顔を上げたせいで首筋に鋭い痛みが走った。うなだれながらも、頭は混乱していて。なんで、どうして、ここに。
「うわー、こりゃまた手酷くやられたな。つーか喧嘩よえーな」
「う、っせ……!おまえが、いっつも助けにくっからだろ……!」
「いっつも?俺は初めてだぞ」
男鹿が、来た。おが、男鹿、なんで。今のおまえはいつものおまえじゃないのに。何かあれば助けに来てくれるヒーローじゃないのに。
「いやー、たまたまそこ通り掛かったらよ、夕陽に反射してなんかキラキラ光ってんなーと思って、近づいてみたらおまえだったんだよ」
「っ、は……」
「にしてもおまえボロボロだな……さっきの雨に当たってびちょびちょだし。立てるか?病院行くか」
なに、なんなんだよ、こいつ。おまえ男鹿じゃないじゃん。おれの知ってる男鹿じゃないじゃん。なのになんでそんな優しいんだよ。勘違いすんだろ。おまえが異常だ、って言ったくせに。初めて会った奴にこんだけ優しいおまえも異常だろ。ばかじゃねえの。
おが、
「っ……バカオーガ!」
「いでっ」
男鹿は優しい。男鹿はそういう奴だ。おれはそんな優しさに惹かれたんじゃないか。ガキの頃から変わらないその優しさが好きだったんじゃないか。おれのことを忘れても変わらないその優しさが嬉しくて、悲しくて、
「バカ、ばかやろー、なんでおれのこと忘れたんだよ!あんな、あんなに一緒に、いたのに、なん、で、忘れたりすんだよ!俺様は忘れてないとか、っ、言えよバカオーガ!なんでそん、そんなに、優し、っんだ、よ、、くそ、う、うぅ、、、おまえっ、なんか、ぅ、うぇ、、ひ、っ」
好きだ好きだ好きだこんなに好きなのに。なんで忘れちゃうんだよ。このままなんて嫌だ。思い出してよ。おれのこと。そして、思い出したらちゃんと言わせて。
好きだよ、って。