(男鹿と古市)



多分、おれはわかっていなかったんだと思う。男鹿が、世界が、おれのことを忘れているということが、どういうことなのかを。


「……どこ行くんだよ」

「どこ、って、学校?」

翌朝、おれが目覚めたら既に男鹿は着替えを済ませていた。おれに何も言わずに登校するつもりだったようで、それがおれは許せなくて、

「なんで」

「は?」

「なんでそんな勝手なことすんの、おれそんなの知らねーし」

「そもそも言ってねえよ」

「なんで!それがおかしいだろ。言えよ、ちゃんと」

「何言ってんだおまえ」

「っおまえって言うな!」

そんな他人みたいな呼び方するな。おれの知らない行動するな。男鹿はおれで、おれは男鹿だろ。そういうもんだろ。なんで、どうして、そういうことするんだ。

「……自分の行動いちいち説明するとか、異常だろ」

「、っ」

「おれとおまえって、そんな異常な間柄だったのかよ?」

目の前が真っ白になった。


気づくと男鹿はいなかった。どうやら放心状態だったらしい。情けない。けど、そんなこと、男鹿の口から聞くなんて、思ってなかったから。

異常。異常、なんだ。おれと男鹿は。わかってる。一心同体という言葉が笑えないほど似合っているおれたちは、異常。男鹿の行動をすべて知っているのは当たり前で、男鹿がおれに刃向かわないのが普通で、男鹿と一緒にいることで、おれは、おれでいられた。男鹿がおれを忘れてしまったいまは、もう、おれはおれじゃないんだ。

(ばかは、おれだ)

急に絶望感が押し寄せてきて、足が震えた。こわい、この世界が、怖い。おれはこの世界で、たったひとり。ひとりぼっちなんだ。









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