(男鹿と古市)
どうやら男鹿とヒルダさんのおかげでおれは男鹿家に認められたらしく、快くしばらく泊まることを許された。お姉様だけは少し怪しんでいたが、気づかないふりをする。
夕食をご馳走になり風呂まで借りた。シャワーを頭から被るとやけに思考が冷えた。これからしばらくは男鹿とふたりきりの部屋で暮らすんだ。おれを知らない、男鹿と。それがおれにとって良いことなのか悪いことなのかはわからなかった。おれが男鹿に本当の想いを言えないのは男鹿が友人だからであって、関係を壊したくなかったからだ。でも、今なら。たぶん男鹿の頭なら、「以前は恋人同士だった」と言えば信じる。おれは、男鹿と恋人になれる切符を手に入れた。
(……いや、ないわ)
シャワーを止める。それはおれが望むものとは違っていた。ガキくさいが、おれは恋愛というものに憧れていて、男鹿にもおれを好きになってほしかった。それが無理だから、ああいう状態になってるんだ。忘れてた。
タオルを首にかけて髪の毛を適当に拭きながら二階に上がる。ドアを開けるとベッドで寝こける男鹿がいた。くそ。あほみたいな面しやがって。
「……ん、あ」
ぼーっと覗き込んでいると男鹿が目を覚ました。寝てんじゃねーよバカオガ。
「おま、水……冷てーよ」
「うっせ。風呂空いたから入れば」
「なんでおまえが偉そうなんだよ」
「偉いからだっつのバカオーガ」
「頭拭けよ」
「自然乾燥派」
「……やっぱ偉そうだ」
「だから偉いんだって」
おれを知らないひとのように扱う男鹿、が、恐ろしくはなかったが悲しくなった。誰だよ、さっきまで「怖くない」とか言ってた奴。全然、こたえてんじゃんか。
ばたんとドアが閉まったと同時に目から水が零れた。泣いてるなんか認めたくなくてタオルでそれを拭う。悲しい、よ、男鹿。なんでおれがわかんないの。おれは男鹿のこと、わかるのに。好きだって気持ちも消えてはいないのに。おまえの中におれは、もういないの。