(男鹿と古市)



朝起きてトイレに行くと鉢合わせした妹になぜか叫ばれて母親にすごい形相で見られて父親に警察を呼ばれそうになった。どうした急に、とつっこもうとしたが家族の様子は普通ではなかったのでおれは一先ず寝巻きのまま外に出て、勝手知ったる幼なじみの家に行くことにした。

出て来たのは麗しきお姉様で、おれを頭の先から爪先まで嘗めるように見られて怪訝な顔をされた。「……どちら様」なんて言われた瞬間はさすがに固まったが知将古市の名は汚せず、「たつみくんの友達です」と言うと納得したように、しかし訝しみながら家に入れてくれた。逃げるように男鹿の部屋に入り込んで寝こけている男鹿の腹を殴る。くぐもった声がして寝ぼけ眼がゆっくり開く。男鹿、と声をかけるとさっきと同様「……どちら様」と言われたので、ああこれはきっと大規模などっきりなのだ、と思った。



「いや、すまん……どうやら坊ちゃまが何やらおかしなスイッチを押してしまったようでな」

「はあ……」

すぐに飛んできたのはヒルダさんだった。なんでも魔界に一時帰宅していたベル坊が原因で、今現在世界中から『古市貴之』という存在が消滅しているらしい。なんだそのトンデモ内容は、とは思ったが今まで散々異常体験をしてきたのでさして驚くこともなく、なんとかおれの存在を復活させると言い残して去って行ったヒルダさんをぼんやり見送った。まあ、なんとかなるはずだ。しかし困るのは、これからのことだ。家族までおれのことを忘れていると言うことは、現在おれはホームレス以下という意味であって。

「……で、フルイチ……だっけ」

男鹿にも覚えられていない、ということは、石矢魔にも行けないという意味である。

「なんで勝手に俺の服着てんだ?」

「うるせー、おまえ今までおれんちのもん散々壊してきたからいいんだよ」

まあ、今日が日曜というのがせめてもの救いだ。明日のことは今日ゆっくり考えればいい。さっすが知将。

「つか、ヒルダの話もよくわかんなかったんだけどよ……とりあえず、おまえは俺の友達ってことか?」

「そんな感じ」

「曖昧だな」

便所、と言って部屋から出ていく。おれもだけど、おまえも相当適応力高いな。普通見ず知らずの奴を部屋に一人残して行くかよ。

曖昧。そりゃそーだ。おれとおまえの関係なんか曖昧なものだ。ただの友達じゃない。けど、それ以上でもないんだ。だってただの友達はキスなんか、しない。

(……やば、いまさら実感が)

男鹿はおれを知らない。だからキスなんかしない。おれが男鹿を好きだって気持ちは消えない、のに。

これは罰か。おれが、男鹿の優しさにつけ込んで、恋人まがいのことを強要した、罰なのかな。









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