(平介と秋と鈴木)



あれはまだおれが中学のとき。鈴木が学校のトイレから出てこなくなったことがあった。(理由は知らないし、どうでもいいけど。)

あのとき鈴木は結局何も言わずに平然と個室から出てきて、うろたえる教師たちをひと睨みすると黙っておれのそばに来て、ごめんと言った。(そもそもおれは何もされていないのに。というか謝るのはおれの方が多いだろ、どっちかというと。)まあ、そういう、あの鈴木でも理解不能なことをした時代があったという話だ。

なぜそれを今になって思い出したのかというと、今現在それとまったく同じ状況に陥っているからである。閉じこもっているのは高校生になった鈴木ではなく、小さな従兄弟だった。

「あっくーん……そろそろ出てもらわないとね、母さんが死んじゃう」

リビングで身もだえる母に命令されてあっくんを説得しに来たのだが、まったくもって反応がない。まさか寝ているのかとも思ったが、時折聞こえる鼻をすする音がそうではないと知らせてくれていた。てか、なんで泣いてんの。(また、面倒なことになった。)

「ね……あっくん、言わなきゃわかんないよ」

まるであの日の鈴木の様だ。何がきっかけで、あいつはトイレに閉じこもったんだったか。ぼんやりとした記憶を手繰り寄せるが、それはやはりぼんやりとしたままで。

そういえば、昨日買った饅頭が今日までだった気がする。まずいなあ、あっくん多分何言っても出てこないと思うんだよね、自分で解決しない限りは。おれのしてることって、無駄、だよなあ。

「……あのさあ、おいしい饅頭があるんだけど、あっくんも食べる?」

一応聞いておこう。そうしないとまた母さんにどやされる。反応無ければ饅頭食おう、あとは母さんがなんとかしてくれるさ。

かちゃり、と小さな音が鳴る。ドアが開いて、俯いたままのあっくんが出てきた。目尻が赤い。泣いてたんだ、やっぱり。

「あー……食べる?饅頭」

「……」

こくりと頷く。まあ閉じこもっていた理由はどうでもいい。とりあえず、饅頭食べないと。

「、」

くいと掴まれた服の端。立ち止まって振り返ると相変わらず俯いたままのあっくんが何かを言おうと口をぱくりとした。

「……ごめん、なさ、い」

あれ、デジャブ。そうは思ったけど流しておいた。何に謝ったのかはよくわからなかった。(その赤い目元と噛み締めた唇に誰かを重ねたのには気付かないふりをして。)(そういえばあのときも、おれは何かを言った気がする。)





深淵から



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とりあえず冷たい平介を書きたくて。自分が平介目線を書きたくなるようになるとは思わなかった…!平介はずっと蚊帳の外にいるイメージなので。だから今回もなんとなく蚊帳の外。自分の話なのに。
あっくんは平介に「饅頭食べる?」って言われて心配かけたって自覚して謝るんだけど、平介は別に心配したわけじゃなくてお母さんにそういう風にしろって言われてるからしただけ。だから優しさでもなんでもない。ってこと。多分中学時代も同じようなことしたんだと思います。鈴木はそれでコロッと騙されました、かわいそうに!



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