(土方と沖田と坂田)



沖田総悟という人間について尋ねると、皆口を揃えて「よくわからないやつだったね」と言う。普段ドSだの自由人だのと騒がれているものの、こうして尋ねてみると途端に口裏合わせでもしたのかと疑いたくなる程、決まり文句のようにそう答えるのだ。



ある晴れた日のことである。土方は何時ものように沖田を起こしにし向かった。朝の会議に寝坊するのは毎度のことだったのでさして怒ることではなかったが、しかし土方は副長という立場に就いていたのでこれまた毎度のことで怒鳴り散らす。その声を聞きながら隊士らは今日も変わらないなと一種の安心を覚えるのだが、もちろん土方はそのことを知らなかった。沖田も。

されど、鬼の副長の怒鳴り声は何時まで経っても響かなかった。監察の山崎が、おや、と気づいたのとほぼ同時刻に襖が開き、「総悟が消えた」とまるで業務連絡を告げるように、土方が言った。



「あれっ、今日は一人なんだ?」

「へィ、旦那こそお一人ですかィ?」

甘味処の椅子に見慣れた顔を見て、坂田は隣に腰掛ける。娘に注文を言うより前に沖田が「団子」と短く告げたので、今日は奢り?と冗談混じりに訊くとへェ、と気の抜けた声で返事が返ってきた。ポーカーフェイスの彼は何時だって何を考えているかわからない。

「どういう風の吹き回し?保護者がいないと沖田君結構大胆だったりすんのね」

「いや、丁度給料入ったんで。使い道もねェんで、団子ぐれェ奢りやす」

「何俺もしかして哀れまれてる?貧乏なお兄さんに餌やってるカンジなの沖田君的には?」

「いやー、旦那にはいつも世話になってやすからねィ」

本気で言っているのか何なのか判断はつかなかったが、奢ってもらえるなら奢ってもらおうという考えに着地したので、出された団子を頬張る。沖田は既に何も口にしてはいなかった。

坂田は沖田と友人ではなかった。しかし知り合いでもなかった。なんと表現すべきか考え倦ねたがすっぽりと嵌まる関係性は生憎坂田の語彙の中には見当たらなかった。友人というにはあまりにお互いのことを知らず、知り合いというには馴れ馴れし過ぎる。そういう関係だった。昔沖田の姉が上京してきた際には友人だと名乗ったが、あれもその場凌ぎであったし、そもそも坂田は友人の定義を知らなかった。桂は友人ではないだろうし、同じ職場の従業員たちも友人ではなかった。恐らく沖田も友人の定義を知らなかった。だから坂田も訊かなかった。

「旦那ァちょっと聞いてくだせェ」

「面倒事はパース」

「違いまさ!真面目な話なんでさあ」

沖田は真面目という言葉はとんと似合わない男だったために、坂田は思わず眉を寄せた。しかしこちらを見る沖田の瞳は年齢相応にきらきらと輝いていたので、なんだい?と話の続きを促してしまう。

「俺、大人になるんでさ」

「……え、なになに、シモの話?大人の階段登っちゃった感じ?それ保護者悲しむよ」

「誰もンな話してやせんよ。それからその、保護者ってのやめてくだせェ。俺ァ大人になるんでィ」

「まあゴリラもマヨも過保護だけどね、その年になってからの反抗期はなかなか辛いよ。泣かれるからね親に。ていうかゴリラに」

案外土方も泣くかもしれないな、と思ったが言わなかった。沖田は自分の前で土方の話をされるのを嫌った。

「反抗期でもなんでもないんでさァ。もともと俺ァ大人だったんです。でもあいつらがガキ扱いしてたに過ぎねェんでさ」

「そういうこと言ってる間はまだガキだと銀さん思うけどね」

「現状から足掻くことをやめたらそれこそ成長しやせんよ」

暗に自分のことを言われているようで坂田は身じろぐ。このわけのわからない少年はそれでも言葉を止めない。

「旦那、俺ァ大人になるんでさ。大人は一人でやってけるんです。それを俺は証明したいんで。誰の助けがなくとも大丈夫だって」

「……誰に証明すんの?」

「さあ?」

首をこてん、と傾げる無表情は、見る人が見ればそれは大層美しいものだった。しかし坂田はこの無表情の破天荒さと危うさを知っていたので、笑いもせずにおもしろいねと呟いた。

「助けを一切断つことが大人だとは思わねーけどなァ」

「俺はそう思いまさ。旦那がそう思わなくても俺はそう思うんだから、いいでしょ」

「悪いとは言ってないよ、誰も」

「ァあ、そうですねェ。すいやせんでした」

そう言って別れた。その後のことは知らない。



土方が酷く落ち着いていたので、隊士は逆に不安になった。最初こそ、何か事件に巻き込まれたのではないか、また一人で危ないことに顔を突っ込んでいるのではないかと騒ぎ立てたものだが、土方はそれら一切を相手にせず、「アイツが勝手にどっか行くのは今に始まったことじゃアねえだろ」と言ったきりだった。そう言われればそうなのであるが、今回の脱走が普段のそれとは違うことぐらい誰もが気がついていた。元々沖田の私室はがらんとしていたが、主を失った今それがますます虚無を引き立てる。どうやら隊服のまま出て行ったようで、局に沖田の匂いはひとつも残っていなかった。

通常であれば、沖田と交わした最後の言葉はあれこれで、と感傷に浸るのだろうが、何しろ突然出て行ったものだから誰ひとり最後の言葉など覚えていなかった。確か、夕食は一緒に摂った気がする。昨晩は土方が接待のためいなかった。土方がいないと沖田は案外静かで、ふらっと現れては消えた。

一週間、二週間、そして一ヶ月が経った。それでも沖田は帰ってこなかった。隊士の中ではひそやかに、沖田は姉を追って死んだという噂が流れた。それを耳にしても土方は何も言わなかった。原田や永倉など隊長格は下らないことを言うなと咎めたが、副長も局長も何も言わなかった。ただ度々、街の住人に沖田について尋ねる二人の姿は目撃されていた。



「あれっ、今日は一人なんだ?」

「……よろず屋か。一人じゃ悪ィのかよ、テメーも一人だろうが」

「誰も悪いなんて言ってねーよ。ゴリラとか思春期ドSとかとよくつるんでるから、珍しいなーと思って」

「ああ……そうかもな」

違和感を覚えて坂田は首を捻る。坂田と土方は大層仲が悪く、会えば口喧嘩や小競り合いは当たり前だった。しかしいま目の前にいる男はまったくその様子がない。いつもなら黙っていても何かにつけて文句を付けてくるのに、二人の間には沈黙が落ちていた。

「……あ、あーあー、どうしたの大串君!そんなに子離れが寂しかったの?」

「子離れ?俺ァガキなんざこさえてねーぞ」

「いやいや、でっかいガキいるじゃん、君んとこに。反抗期みたいだったからさ、落ち込んでんのかと思って」

「……あいつァ、もうガキじゃねえよ」

紫煙を燻らせ、土方はそう言った。その物言いはまるで諦めているかのようで、再び、らしくないなと思った。

「ふーん。沖田くん、大人になる云々って言ってたけど、とっくに親は子離れしてるんだ?」

「総悟がそう言ったのか?」

「一ヶ月くらい前だけど。そういや様子おかしかったな。……何、それといまお宅が一人なのと、何か関係あるわけ?」

「おまえには関係ねえ」

「こうして情報提供してやったのにそんなこと言うんだ?天下の真選組も落ちぶれたもんだねェ」

そう突いてみたが、土方は一切表情を変えなかった。こんな土方を見るのは初めてで今後のからかいのネタにしたかったが、相当参っているらしいのでやめておくことにした。坂田はその強張った肩を叩き、まア、と声をかけた。

「ガキは大人だ子供だ気にしてる時点でまだガキなんだからよ。精々見守ってやれや。大事にしてんだろ?」

手が離れ、坂田は事務所に帰っていく。土方はすっかり短くなった煙草を踏み付けて、吐き捨てるように呟いた。

「そんなら俺も、ガキか」



「土産」

スタン、と襖が開いて、片手にケーキの袋を提げた栗毛の少年が現れたのは、晴れた日曜日のことだった。第一に、頭がおかしいなこいつ、と呆れた。それから、そのあとの感情は覚えていない。とにかく、土方は沖田を叱責することもなく、おう、と短く答えた。去って行ったときと同じように、平然と現れた沖田もまた、へい、と無表情にケーキを突き出した。



「何だか最近よく会うねぇ、ストーカー?」

「いやだなあ、ストーカーは旦那の方でしょう」

甘味処に沖田はいた。後からやってきた坂田は隣に座る。娘に注文をしたのは坂田で、今日は奢りじゃないんだ、と言うと何の話だと惚けられた。

「そーいや、自分探しの旅に出てたんだってね」

「いやァ、そんな大層なもんじゃありやせんぜ。修学旅行みてェなもんでさァ」

「修学旅行ねえ。俺も行きてーよ旅行。自由に遊びてーなあ」

「旦那は今でも充分自由に遊んでるように見えやすけど」

「それは沖田くんがそう思うだけでしょ。俺はそう思わねーんだからいいだろーが」

「いや、悪いとは言ってやせんよ」

「あーそうだなあ。悪い悪い。……あれ、何これ、何この感覚。デジャブ?」

「旦那ァ、デジャブだかリオデジャネイロだか知りやせんが、わかったことがひとつありやす」

「リオデジャネイロじゃねーけど何?全然違うけど何?」

沖田は最後に残った団子をぽいと口内に放り込んで、無表情のまま言った。

「俺まだ飽きてねーみてえなんで、しばらくガキのままでいやす」

「……そりゃあ、良かったね?」

嬉しそうでも悲しそうでもなかったので、とりあえず疑問形で言ってみるとこれまた無表情でへいと返事が帰ってきたので、つくづくよくわからない奴だと思う。沖田は茶を啜る。遠くから土方の怒鳴り声が聞こえて来る。









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ふわふわして掴み所のない沖田さんを書きたかった残骸
なんとなくテーマは振り回される保護者組てきな?よくわかんないね?やたら長くなってしまったわりに中身がないのでリベンジしたいのである。タイトルは悪ふざけとしか思えない誰かタイトルセンスをください



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