(坂田と沖田)



矢張り沖田は一番隊隊長であった。又そうでなければならないと自負していた。何があってもそれだけは譲ってはならないのだと思っていた。

血を吐いたのは数日前のことで、沖田はその朱に染まった布団と着物を燃やした。厭な咳が続いていた。聞き慣れた咳だった。然し沖田は一番隊隊長であった。医者の手を借りることは許されなかった。許さなかったのは、沖田本人だった。

坂田に喀血を見られたのは本当に偶然であった。隊士達の目から逃れるためにふらふらとしていると、急に咳が酷くなった。慌てて逃げ込んだ路地裏には何故か既に坂田がいて、我慢出来ずに咳を吐くと血もぼたりと落ちたのだ。それを見た坂田は少しも狼狽えず、否、心中は嘸かし驚いたであろうが、沖田に少しもそれを悟らせず、背を撫でた。それから何度か咳込んだ沖田は、知らぬ内に坂田の白い着物を朱に染めていた。イメチェン出来て良かったですね、と笑ってみせると、また無言で背を撫でられたので、今度は別のところから別の液体が落ちてしまいそうな気がして、沖田は目を閉じた。


言ったのか、と問われ、それに主語は無かったが何を問われているのかは直ぐに理解した。沖田は聡い男でもあった。然し莫迦な男を演じていた。自らはそう在らねばならぬと思っていたからだ。沖田は首を捻り、何のことやら、と答えた。坂田はようやく表情を険しいものにし、巫山戯るな、と諫めた。始めからそうしていればいいのに、と思ったが言わなかった。坂田がそういう男だと知っていた。

まだ誰にも言ってやせんが、山崎の辺りには感づかれてるかもしれやせん、と今度は正直に答えた。坂田は溜息を吐いて、沖田の口の端に付いた血を拭ってやった。坂田が何も言わなかったので、沖田は逆に坂田の腕を掴んで、あのひとたちには言わないで、と頼んだ。その中には、誰よりも厭んできた男の存在も含まれていた。男に知られる訳にはいかなかった。知った後の、男の心境が手に取るように理解出来たからだ。然し坂田はそれに気づきながら、首を縦には振らなかった。恐らく沖田もそれを知っていた。何故なら聡い男だったのだ。

俺から言いやすから。何度言っても、坂田は拒否した。やがて疲れた沖田が腕から手を離すと、ようやく坂田が口を開き、頭を叩いた。

「死ぬな。」

単純な言葉であった。何よりも苦しい言葉であった。無責任で、直球過ぎた。それでも沖田は泣いた。陳腐な言葉であったにも関わらず声を上げて泣いた。或いは、この言葉でなければ泣けなかったかもしれない。恐らくこの先、この言葉を沖田に軽々しく掛けることが出来る者はいないだろう。だから沖田は、もうこのことで泣くのは最後にしようと決めて、おいおい泣いた。坂田はその声を一人、聞いていた。





終りの日よどうか遠くへ



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病ネタが好きでどうしようもないです



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