(坂田と沖田)



「あのさあ、俺たまーに思うんだけどね」

「へい」

「沖田くんって俺のこと好きじゃね?」

あまりにも当たり前のように言うので、ソファに沈めていた体を起こし、旦那の方を見遣る。物が散乱した机の向こうで、漫画雑誌を読みながら椅子の背もたれを鳴らしているそのひとは、すこしもこちらを見なかった。

「……なんの自惚れで?」

「いや、これ普通勘違いするよね。わざわざ神楽がいないときを見計らって、サボるところなら腐るほどあるだろうにわざわざうち来て、ごくたまーに土産なんか持って来ちゃってさ。ドSなのに」

「ドSもたまには癒しが欲しいんでさあ」

「むさい男しかいねーよ?」

「犬もいるでしょ」

隣の部屋で寝ているらしい規格外の大きさの生物を示唆すると、鼻で笑ってようやく顔を上げた。その顔はへらりと、笑っていて、やはり掴み所がない。

「ホント、そういう家の中の面倒事は自分らで解決してもらえる?」

「何言ってんでィ、それが仕事でしょうが」

「人様の色恋沙汰にまで干渉したくありませーん。それでろくな目に合わないこと銀さん知ってまーす」

雑誌を机に置き、大きく欠伸をする。釣られて俺も欠伸を出す。ここに鬼の副長がいなくてよかった、とぼんやり思う。

「色恋って、誰と誰の?」

「誰……ってオイオイ、無自覚?そんな純粋な子じゃないよねえ総一郎くん」

「総悟です。いやアわかんねーな、旦那、教えてくだせェ、誰と誰が恋してるんです?」

「……えー、なんなのこの子……」

じとっとした目でこちらを見て来るので、諦めて立ち上がる。伸びをすると背骨がぼきぼきと音を立てた。先程から震えていた携帯を取り出して時間を確認する。その間にも振動したので面倒だから電源を切った。

隊服はどうにも暑苦しくていけない。首周りに不快感を感じてスカーフを緩めるとほんの少し汗をかいていた。玄関の向こうから僅かに差し込む陽射しは赤みを帯び、夕刻であることを伝える。最近やけに夜が鈍足になったため、どうにも時間感覚が鈍っている。いまも、見回りから帰るのに丁度良い時間を優に過ぎている。携帯が鳴り止まないのはそのせいだった。

「そろそろ帰りまさ、保護者がうるせーんで」

「おう、帰れ帰れ。二度と来んな。うちは休憩所じゃねーんだよ」

「あと旦那、ひとつ勘違いしてますぜ」

玄関に向かいかけて、途中で振り返る。旦那は変わらずに椅子に腰掛けている。

「別に俺ァ、土方のことは好きじゃあありやせんぜ」

「……へー」

「好きだけど想いを伝えられなくてつらくて、何も聞かないアンタに救われたくてここに来てるとか、全然そんなんじゃありやせん」

「俺が思ってたこと全部口にしてるんだけど」

「ほら、ね。やっぱり旦那は勘違いしてたんでィ」

あとアンタのことも好きじゃありやせんから、と付け足し、靴を履く。屯所に帰宅してからの小言を想像するだけで脳内に聞き慣れた声が鮮明に再生されるあたり、あいつの手中にいるようで気に食わない。

ドアをがらりと開けたところで、後ろに気配を感じて振り返る。当たり前ではあるが、そこにいたのは壁にもたれた旦那で、見送りなんて珍しいなと違和感を覚える。

「寂しいんですかィ?俺がいなくなんの」

「バッカ言うなおめー、もうすぐ神楽帰って来んだよさっさと消えろ、臭いも一緒に消えろ」

「ロリコンヤローはこれだから嫌なんで、俺らの仕事増やさねーでくださいよ」

「ロリコンじゃねー!おまえに会ったあとの神楽知らねーだろテメー、機嫌の悪さマックスなんだからな!土産食わせてなんとか宥めてんだからな感謝しろ!」

「え、旦那、俺の土産チャイナにも食わせてんですかィ?」

「え、そうだけど、何」

急に訝しがるような表情になったので、いやいや、と手を振る。

「変なモンは入っちゃあいねーんですけどね。あれは旦那へのものなんで、ちょいと驚いただけでさァ」

「俺への?やっぱ沖田くん俺のこと好きだよね?」

「だからちげーっつってんだろ」

外気で体が冷えていくのがわかった。先程不快だった汗が冷え、体温を奪う。スカーフを締め直し、戸に手をかける。

「土産は、駄賃でさァ」

「オイオイ、俺ぁ万年金欠だけどガキから金巻き上げる程落ちぶれちゃいねーよ」

「わかってまさ。俺も社会人ですぜ?これはちゃんとした依頼なんで」

「依頼?」

「俺は土方のこと好きでもなんでもねーですが、たとえば朝の占いの結果が誰でも良いから告白しろとかだったら血迷って近くにいたマヨネーズクソヤローに告白しようとするかもしれねーでしょう?そんときは、俺を斬り殺してもらいてェんで、そのための駄賃でさ」

「……何だそりゃ」

「んじゃ旦那、また明日」

いや二度と来るなって言ったろ!という声を掻き消すように、派手な音を立てて引き戸を閉める。オレンジだったはずの世界はもう薄暗く、空気もひんやりとしていた。どうやら玄関先でのやり取りは案外長かったらしい。喋りすぎたのは、きっとそのせいか。

(らしくねェや)

ポケットに両手を突っ込み、歩く速度を速める。確証もないことにこれ程までに保険をかけるなど、本当にらしくない。

けれど、何が起こるかわからないのだ。起こってからでは遅いのだ。一度はみ出したものは元に戻らないことを俺はよく知っていた。そしてそれは歳を重ねるほどに、難しくなるということも。

だから俺は女々しくも、足繁く彼処へ出向くのだ。

「総悟ォ!」





くちをつぶしたおとこのまつろ
(うっかり、間違っても、その言葉を口にせぬように)



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正直銀さんと沖田に冒頭のやり取りをやらせたかっただけ。



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