(男鹿と古市)
男鹿とケンカをした。口に出すのも憚られるほどどうでもいい理由で、おれは男鹿を平手でぶって、部屋を飛び出した。外は大雨であったが、気にせずに。
けれど、季節は真冬で、部屋から飛び出したので当然薄着で、走っている途中で気力を無くし立ち止まった。気力を、というか、何やってんだおれ、という虚しさが大半で。情けないし、あほらしい。は、と吐いたため息は白く、体が寒さに震えた。打ち付ける雨粒さえもおれを嘲笑っているようで、ああどうぞ、わらってください。おれはバカでアホでくそみそなうんこ変態ヤローですよ。
いかん、こんな雨の中で卑屈になってたら、本当にダメ人間になる。水を吸った前髪を掻き上げて、しかしこれからどうすればいいのか、と思案する。あんなどうでもいいことに勝手にキレて、ぶって、飛び出したのだから、男鹿の部屋にはそうぬけぬけと帰れない。どうせなら荷物も全部持ち出してくればよかった。ついでに二ヶ月前に貸したゲームも、傘も。あいつはおれのものをたくさん持っていくくせに、おれはあいつのものを何一つ持っていない。そういうところも、腹が立つのだ。いやいやおまえ、ジャイアニズムもいいところだな、おい。おれにも少しぐらい寄越せよ。いつもいつもセコいんだよ。くそ。やっぱりうんこ変態ヤローは男鹿ということにしておこう。うんこ変態自己中ヤロー。
たとえばあいつの良いところを十個言えと言われれば、おれはふたつ、精々みっつぐらいしか出てこない。喧嘩が強い、ある意味素直、あとはえーと、……、と言葉に詰まる。あいつのせいで喧嘩に巻き込まれ、あいつのせいで拉致られ、あいつのせいで要らぬフォローをさせられ、何度あいつと縁を切ろうとしたことか。腐れ縁なんていうしみったれた縁なんか、さっさと切れてしまえばいい。どうせカビでも生えてるんだろう。忌ま忌ましいその縁を切ろう、切ろうと、何度も刃を突き立てる。のに、あいつはそんなことも露知らず、何十にも糸を巻き付けて、そう簡単に切れないようにしやがる。おれの気も知らないで!
(やべ、泣きそうだ)
考えている内に目と喉が熱くなって、口元を押さえる。くそ、なんで、なんで。おれがなんであんなクソヤローのために泣かないといけないんだ、つうか別に悲しくねーし!むかついてるだけだし!それでもはらはらと涙が止まらない。雨は冷たいのに体から出る水分は生温く、頬を伝う。なんで!なんでだ!
「古市!」
なんでテメーもタイミングよく来るんだバカ泣いちゃうだろ!
「古市おまえバカ!」
「いやおまえがバカ死ね男鹿バカ!」
ぐいっと押し付けられた傘により雨粒は遮断されたが、雨の中に長いこと居たので寒さは変わらない。がちがちと鳴る歯の音と喉の奥から出てこようとする嗚咽がうるさい。
「おまえゲーム返さねーしおれのもん勝手に盗ってくし良いとこねーしなんなの意味わかんねえ死ね!」
「ぁあ?!ゲームだぁ?!んな話誰もしてねーだろ!」
「うっせーおまえが悪いんだよ死ねっまじで死ねおまえいっぺん地獄に堕ちろ死ね!それからもっかい死ね!おれとの繋がり全部切れアホ!バカ!」
「いでっ!てめ、さっきも殴ったくせにまた殴りやがったな!」
「殴ってねーよ平手打ちっつーんだよこういうの!おまえみたいになんでもかんでもパンチで済ませられるほど簡単な男じゃねーんだよおれは!」
「おまえ言ってること意味わかんねーぞ!」
「てめーに言われたくねーよ!!」
盛り上がった感情は抑えられずに全部吐き出す。泣いているせいもあってか頭がぐらぐらと煮えていた。わかるのは自分が子供のように喚いていることだけ。しかもなぜか喧嘩相手に傘を差されながら。
「……いや、あー、古市、すまん」
「何謝ってんだよ死ね」
「死ね死ね言うなアホ死ね」
「……も、なんなんだよ」
「んあ、……、悪かった」
「何が悪かったかわかってんのか」
「……」
「わかんねーのかよ」
そこはわかってるって言えよ、と心の中で突っ込んでいると、ふいに影が下りてきた。口に柔らかいものが触れる。睫毛が頬を掠めていく。
「……冷てえ」
「真冬だしな」
「……」
「あとおれ、おまえのこと離す気ねえから」
とかまた勝手に抜かしやがるのでおれは更に苛立って、おれの意見丸無視かよしかも傘ひとつだし男鹿びしょびしょだし傘入れてくれてんのおれだけだしなんかこいつまで薄着だし上着来て来いよバカじゃねえの風邪引くだろバカじゃねーのバカじゃねーのバカバカバカバカばかばかやろうばかやろー、
「……おまえまじばかじゃねーの……」
嫌いになれないから、困る。
お
お
ば
か
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なんだかモノローグばっかですごーーーく読みにくい文章になってしまいました。個人的にはすごく楽しく書けました。ヤマシタトモコ先生のお話に触発されて書いたので頭の中ではヤマシタ画風のおがふるが、、アア、、、触発と言ってもパロディだとか設定が同じとかそういうのではなく、先生の描かれる世界観に溺れながら、という意味です。好きだなー。