(土方と沖田)



いっそ、知らない方が良かったのだろう。そう、今更後悔したところでもう遅い。俺の双眸はしっかりとその表情を捕え、うざったい程ハッキリと意味を理解してしまったのだ。忘れようと瞬いてみても、当然、消えるはずがない。嗚呼、忌ま忌ましい。俺は歯噛みする。


寄るな、と、刀を振り上げたときだった。いつもの小競り合いの延長のつもりだった。その日はどうにも腹の虫の居所が悪く、(まるで生理中の女のように、)柄にも無くヒステリック気味になっていた。だから余計にあいつが目障りで、いつもより本気で、斬りにかかった。しかし、あいつは、それさえも予想していたかのように、いつもより優しく、同情を帯びた態度で接した。若さ故の苛立ちを宥めようとしたのだろうが、それがまたより一層俺を苛立たせる。だから俺は、真剣を抜き、相手にも抜くことを求めた。けれどあいつは抜かず、総悟、と僅かに怒気を含んだ声で呼ぶに留まった。腹が、立つ。そもそも気に食わなかったのだ、昔から。自分はひとり違うところにいるような顔をして、俺が隠し事をすると怒る割には隠し事が多い。一度火が点いてしまった苛立ちは若いせいか増幅するばかりで、斬ってやろう、と刀を握り直すまでにそう時間はかからなかった。そうして斬りかかると、奴はようやくその刃を顕わにした。普段なら、そう来なくちゃ、と歓喜に震えるはずなのに、(なんてったって、男は副長なのだ、俺の方が強いにしても手合わせするのは楽しい。)苛立ちに呑まれた精神はただふつふつと煮えるだけで、感覚を麻痺させた。そうしてやり合って、どれ程経っただろう。やはり強かったのは俺の方で、馬乗りになって首筋に刀を突き付けていた。奴の瞳は揺るがない。それどころか瞳孔すら開いていなかった。殺す気がないと思ってんですかィ?と訊くと、ああ、と素直に答えた。さっきだって本気ではなかったのだろう。腹が立つ。総悟、離せ。短く告げられて、俺は益々、まるで子供のように扱われることに不満を持った。そんなに子供だと言うなら、子供のように喚いてやろうか。引かずにこのまま、何も知らぬ赤子のように、この首を引き裂いてやろうか。と本気で思った。けれどそこで、図ったかのように昼時の鐘が鳴り、急速に冷えていく熱を感じてやめよう、と思った。荒々しく立ち上がり、副長室を後にしようとすると珍しく、待て、と止められかけた。ようやく沈んだ熱をわざわざ浮上させるのは面倒で、寄るな、と威嚇の意味も込めて刀を一直線に、振るったのだ。

それが、いけなかった。

普段見ることのない、俺が立ち去ったあとの表情を初めて目にしてしまった。奴もそれに気づいたようですぐに顔の筋肉を強張らせ、いつもの顔に戻ったために、恐らくその表情をしていたのは一秒にも満たなかったであろう。しかし、俺は見てしまったのだ。見たくも、知りたくもなかったというのに。

「土方さん」

「あ、?」

「俺ァアンタが大嫌いでさァ」

「ァあ、知ってるよ」

「大っ嫌いなんでさ」

「昔から言ってるじゃねえか」

「マジで、死んでくだせェ」

死ね土方、と吐き捨てて襖をぴしゃりと閉める。大嫌いだ。大嫌いなのだ。自分に言い聞かせるように頭の中で反芻する。俺は土方なんざ、大嫌いだ。顔も見たくない。死ねばいいんだ、否、殺してやる。

そう悪態を吐くことで、俺は俺を守った。そうしなくては、あいつにゆっくりと殺される気がしたのだ。喉元に噛み付かれ、声の出ぬように食いちぎられると、半ば本気で恐怖した。大嫌いだと叫ぶこの喉を無くした瞬間、俺は、酷く弱いものに成ってしまう気がした。どれもこれも、あんなものを見てしまったせいだ。やはり嫌いだ。大嫌いだ。そう在らなくてはならないのだ。ぐう、と喉が痛んだ気がして、そっと右手を当てる。声の出ぬよう、ぱっくりと割れていやしないかと、不安になったのだ。





斯くして愛はゆるやかに咽喉を裂く



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お題は 霈然たるや、星雨 様よりいただきました。
沖田は割といつも本気で殺したがってんじゃないかなあと。殺したがっているというか、命のやり取りをすることが本気で楽しいんじゃないかなあと。思いまして。あんまり仲良くない土沖が好きなんですがどうもわたしが書くと仲良くなってしまうようでいやです。もっと殺伐としていてほしいです。というか、沖田が一方的に土方を毛嫌いしているというか。それは、想ってしまうことから逃げてわざと嫌っている部分もあると思います。嫌いであらなければならないと思い込んでいたり。して。土方は割とわかりやすいのかもしれないですね。



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