(土方と沖田)



寒いとどうも感傷的になっていけない。灰色の空をぼんやりと眺めながらあくびをひとつ零す。仕事中だ、と隣に立つニコチン野郎に頭を叩かれ、悪態をつく。

「何言ってんでィ、俺ァ土方さんを信頼してるからこんな無防備なんでさァ」

「心にもねえこと言うな」

「いやいや、ほんとーですって」

今日に限って、見回りははっきり言って意味が無いように思えた。なんでも今晩に今年最大の寒波が来るようで、どいつもこいつも前日に買い込んだ食料を消費したり大雪に備えて家を補強したりと、つまりは町にいる人間の数が圧倒的に少ないのだ。こんなスカスカな状態でのこのこと出てくるほど攘夷どももバカではない。現に灰色の空は、いまにも降り出しそうだった。

「土方さァん、こう寒いと、奴らもうちに篭ってんじゃないすかねェ」

「ただサボりてえだけだろ、てめーは」

「そうとも言う」

「そうしか言わねえよ」

けどまあ、と土方さんも空を見上げる。

「確かに今日は平和だな。よし、総悟」

「ヘィ、おつかれさんです」

仕事切り上げだ、と悟り馴染みの甘味処に足を向けると首根っこを思い切り掴まれる。ぐえ、首絞まった、いま。

「オイオイオイ、どこ行こうとしてんだ」

「どこ……って、仕事終わりじゃねーんですかィ」

「いつだれがンなこと言った!」

「えー、じゃあ、なんでィ」

「ちょっと付き合え」

「……アンタ、まさか仕事中でも俺によくじょ」

「アアアアアア!やめろ!」

顔が赤くなったのを見て、このひとも充分ガキじゃん、と思った。すぐに俺をガキ扱いするわりに、自分だって中学生みたいな反応をしたりする。何しろ、セックスの一言すら言えないのだ。これには呆れた。そのくせ、いろんなテクを知っているものだから余計に呆れる。

「オ、オホン。とにかく、付いて来い」

「見回りはいいんですかィ?だから真選組は嫌われンですよ」

「さっきまでサボりたがってた奴が言うな!」

結局、流されてしまった。乱暴に掴まれた腕が癪で睨みつけるが、気にもせずに進む。


ちらつく雪に気づいたのは先にコンビニに寄りたいと言った土方さんを待っているときだった。どうせ黄色いものの類を買うことはわかりきっていたので、気分が悪くならないようにあらかじめ外で待っていた。すると、堪えきれなくなった空がほとりほとりとかけらを落としはじめたのだ。綺麗だとは思わなかった。ただ、煩わしかった。

「悪ィ、待たせたな」

ようやく出てきた土方コノヤローをとりあえず一発殴っておく。が、すんでのところで避けられて舌打ちをひとつ。当たっとけよ、クソ野郎。

「いきなり何すんだ!」

「何って、この寒い中いたいけな少年を放り出した罰を与えたんでさァ」

「いや外にいたいって言ったのテメーだろ」

「えーそうだったんですかィ。知りやせんでしたー」

わざとらしく言ってのけると、コンビニの袋を持った方の手で殴り掛かって来たので「マヨ菌がうつる」と避ける。

「バッカ!今日はマヨネーズ買ってねえよ!つーかマヨ菌てなんだうつるわけねーだろ!」

「……え」

この、副長が。マヨネーズで体の三分の二が出来ているこの男が、マヨネーズを買っていないだと。そんなことがあるのか。ていうか、そのせいでこの雪降ってんじゃねーの?

土方さんの持つ袋を覗き込むと、そこには見慣れた赤いパッケージの菓子がいくつか。ああ、そういうことね。

「行くぞ」

足早に歩きだした上司の後を追う。先ほど降り出したばかりのはずの雪は、すでに薄く膜を張っていた。


「土方さん」

「あ?」

「これ、どこ向かってんですかィ」

「いいから黙ってついて来い」

「姉上の墓参りじゃあないんですかィ?」

その言葉を口にするとき、わずかながら自分の喉が引き攣ったのを感じた。情けない。もう姉の死からどれだけ経っているというのだ。それでも、死を認めるような言葉を口にするときは、苦しい。それはきっとこれからも変わらないだろう。

「ねェ、土方さん」

土方さんの買ったものを見て、姉上の墓参りに行くのだと思った。案外隠さないんだ、とも思った。自分が知らないうちに土方さんが墓参りに何度も訪れていることは知っていた。それを決して自分に言って来ないところがらしくて、憎い。もし言って来たなら、それをからかって、それから、一緒に行こうと言えたはずなのに。

一緒に墓参りに来たことはなかった。なんとなく、一度タイミングを逃してしまって、それからはもう無理だ。今更一緒に行こうなどと言えなかった。きっと向こうもそれを望んでいないと思った。

なのに、だ。こんな簡単にタイミングが訪れるとは。俺は少なからず驚いていたし怖さもあった。土方さんが怖いとか、そういうのではないけれど。どうなるのかな、とは思った。が、しかし、土方さんが向かったのは姉上の墓とは真逆の方向だった。まさか、俺の思い過ごし?土方を美化しすぎたのかコノヤロー。

「着いた」

考え事をしていたために、急に立ち止まった背中に顔をしたたかぶつける。なんだってんだ。周りを見回すが、さして思い出は無い。しいて言えば、見晴らしが良いくらいしか。

「ここ、どこですかねェ」

「あいつが来たがってた場所だよ」

あいつ、が姉を指すことはわかりきっていたので、思いきり顔をしかめてやる。

「なんです、そうやってミツバのことは俺が一番わかってるアピールですかィ、やらしーなァ」

「そうじゃねえ。あいつが、おまえと来たがってたんだよ」

え、と、土方さんを見上げる。鬼の副長がどういうわけかこれでもかってくらい柔和な笑みを浮かべていたものだから、居心地が悪く顔を逸らす。

「もともと、この場所を教えたのは俺なんだけどな。見晴らし良いだろ、静かだし」

「……姉上は、いつの間にアンタとこんなところに来てたんです」

「いや、あいつは来てねえ。ただ俺の話を聞いてただけだ」

「いつそんな話したんでさァ」

「ずっと昔だよ。まだ武州にいたころ、一度だけ近藤さんに付いて江戸に来てな。そのとき見つけた」

そういえば、そんなこともあった気がする。しかし幾分昔すぎて思い出せない。

「ひょっとして、嘘ついてやせん?」

「つかねーよ!」

「まァ、いいや」

コンビニ袋に手を突っ込み、激辛煎餅を取り出す。中身を一枚投げると器用にキャッチする。

「おまえと行きたいって言ってたぞ」

「そーですかィ」

「来れてよかったな」

「ヘッ、野郎と一緒じゃア気が滅入るや」

がり、と口に運んだそれはやはり辛く、でも、必死で飲み込んだ。一枚食べ終わる頃には雪の粒も大きくなって、本格的に積もり出していた。

「あー……やっぱ、辛ェ」

「雪でも食っとけ」

「土方さん、知らねェんですかィ。雪病っつうのがあってね、雪食っちまうと、体が雪になっちまうんでさ」

「おまえ、よくもまあそこまでポンポンと口から出まかせが出るな」

「出まかせじゃありやせんよ、マジです。体の内側から凍って、雪に、なっちまうんです」

言いながら、遠くを見る。今は雪が降っているせいで全体に靄がかかっているが、なるほど、晴れていたなら美しい景色だったろう。姉に見せたかった。姉と共に見たった。

「土方さん、アンタは、内側から凍っていく感覚、わかるでしょ」

何かを失って。自分は無力で。

「だから、アンタも雪病でさァ。俺と、おなじ」

ぐしゃり、と髪を掻き混ぜられる。ああ、やはり寒いと感傷的になって、いけない。









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ちなみに土方と沖田はやることやってます。あとは言い訳がましいので言わない。



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