(佐藤と鈴木)



「平介遅刻?」

「だろーな」

空席を眺めながらなんてことない会話を交わす。平介が遅刻することは珍しくも何ともなかった。単位どうすんだよ、とため息をついて憂う。どうせ本人は気にしてないんだろう、それが、腹立つ。

「まあまあ、そんなに怒らなくとも」

「怒ってねえ」

「鈴木は平介のことになると見境なくなるから、俺心配」

「んなわけねえ」

「ふーん」

「……んだよその目は」

「なんでもないよーだ」

チャイムが鳴って、ぱたぱたと佐藤がかけていく。犬、みたいだ。そういえばあいつを初めて見たときもまったく同じことを思った。人懐っこくて、やんちゃで、犬みたいだ。その第一印象はあながち外れていなかった。ただし、可愛らしい愛玩犬ではなく、きょうけん。

狂犬時代の佐藤を俺は知らない。ただ、街を歩くとたびたび妙な視線を受けることはあった。さして気にもしなかった。平介もそうだった。佐藤がなんであろうが知ったこっちゃない。佐藤は、佐藤だ。それしかない。

「……んあ」

「あ、起きた」

だんだん鮮明になる意識が眼前にいる佐藤を認識する。寝てたのか。俺としたことが。

「鈴木殿にしては珍しい、あんながっつり居眠りなんか」

「……へーすけ、きたのか」

「いまだよ」

「そうそう、いま」

「なんで遅刻したんだよ」

「えー……と、貧血のひとを介抱したから、とか」

「とかってなんだとかって」

大きく伸びをして深呼吸する。さっきまで、何、考えてたっけか。忘れた。

もう話題はケーキのことになっている。こいつら二人を見てると平和だとつくづく思う。それがずっと続けばいいのに、とも。(そうさ、だからおれは)俺は、願ってはいけないのだ。平和を壊すことは、人類の。

「人類の罪だ」

「え?なんか言った」

「……言ってねー」

俺が平介を選ばないのも、佐藤が俺を突き放さないのも、すべて平和を守るためなのだ。平和を壊してはいけない。何も見ない聞かない平介だけが、まるで宇宙人のように、この世界でたったひとり、生きている。まったく違ったスピードで。

「平和を壊すのは、人類の罪だ」

だから俺たちは約束をした。互いに平和を守るのだと。そのことを覚えているのだろうか。覚えているから、いまでも俺を突き放さないでいてくれるのだろうか。どうしようもなく、情けなくくだらない、俺のことを。





あのひのやくそく



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