(男鹿と古市)



嫌な朝だな、と思った。起きた瞬間に。理由はよくわからなかったが、ただ漠然と、嫌な朝だ、と思った。天気は良かった。


今日は休日で、いつものように古市に会いに行こうと支度をしていると姉貴に声をかけられた。

「最近たかちん見ないけど。どうしたの?」

「あー……そうか?気のせいだろ、ガキじゃあるまいし」

「何言ってんの、あんたらまだガキじゃない。お互い依存しまくって」

「……だから、気のせいだろ。なんだよ依存って。余計なこと言いに来たんなら、聞きたくねー」

「あんたが気づいてないから言ってやってんのよ」

振り切って家を出ようとしたが、そのときの姉貴の顔がいつになく真剣で足を止める。

「あんたらが一生一緒にいるなんて、無理なんだからね。辰巳は辰巳、たかちんはたかちん、別の人間で別の人生なの。ママゴトみたいなことは、もうやめなさい」

「……わかってるよ、言われなくてもそんくらい」

視線に耐え切れず家を出る。やっぱり今日は嫌な朝だ。


海は太陽の光を反射させてきらきらと光っていた。身を裂くような風が吹いて、舌打ちをする。こんな寒空の下、古市は相も変わらず海に浸かっているのだろう。笑ったままで。

「おがー」

今日はいつもより深いところに立っている。さすがに真冬に海に入るほどの猛者ではないので離れた距離から声をかける。膝の上まで水に浸かっていた。

「こっちこいよアホ市、遠いだろうが」

「んー、おれねー、無理みたい」

「は?なにが……」

す、と、透けた気がした。古市の向こうに海が見えた気がした。瞬きをするとすぐにそれはわからなくなるが、また、透ける。そういえばこの前もこんなことがあった気がする。あのときは見間違いだと思ったけど。

「おれもうそっちに行けねーわ」

「な、んでだよ、昨日まで来れただろ」

「男鹿、昨日と同じなんて、有り得ねーんだよ」

「……何言ってやがる」

「昨日と同じ今日が来るなんて、どこに保証があんだよ。おれは、ずっと不安だよ。安心なんかしてらんねーよ、なあ」

そういう古市がひどく遠い。距離的に、だけではない。どこにいるのかわからなくなって、目を眇る。

「おれ、多分、怖かったんだよなあ。いまやっとそれがわかったかもしんない」

「一人でわかったような顔すんな、俺がいるだろ」

古市の目が俺を見る。遠くても、その視線がまっすぐこちらに投げられているのがわかった。ぞくりとした。

「……男鹿、おれたちは、一生一緒にはいられないんだよ」

姉貴の言葉を思い出す。揃いも揃って今日は何の日だ。それぐらい俺にもわかってる。俺たちは同じじゃない、一生一緒になんかいられない、わかってる。当たり前だろ。わかってるんだ。

……本当に?

ぱしゃり、と水が跳ねる。岩の向こうに古市は消えて、俺はそれを追えなかった。









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