※高校生桜×大学生兄
みんみん、蝉が五月蝿い。すぐ耳の側で鳴いている気がしたがそんなことあるはずもない。しかしその声はおれの頭のなかに響いて、響いて、
「好きだ、って言ったら、困りますか」
組み敷いたときに掴んで押し付けている右腕は細くて、年上だなんて嘘みたいで、丸くて透明な目をまっすぐこっちに向けてくる。真っ昼間のリビングで何やってんだおれは、ぐらり、視界が揺れて、蝉が五月蝿い。暑い、暑さで、何が何だかわからない。
兄さんは、何も言わない。抵抗もしない。ただまっすぐにこっちを見てくる。それは昔から変わらない、やさしい瞳。それが逆に痛かった。
やさしくなんかなくていい。おれはもうあんたの知ってるようなやつじゃない。子供じゃない。無理矢理あんたを犯すことだってできる。それでもそれをしないのは、できないのは、
「さくらくん」
「、あ」
「お昼はそうめんでいいかな?」
「え、なに、」
「ねえ、さくらくん」
そんなつもりじゃなかった。そんな顔をさせたいんじゃ、ないんだ。
「これからもてつこをよろしくね」
数年前に追い抜かした身長も、とっくに逆転した体格差も、このひとの前では何の意味もない。やんわりと、でもはっきりとした拒絶。無かったことに、された。
「、は、い」
口をついて出たのは情けなくもそんな言葉で、兄さんは微笑んで、ああ、くだらない、弱虫、成長なんかすこしもしていないじゃないか。
それでも、好きだと思う気持ちは消えてくれなくて、唇を噛んだ。