夜が来るのが恐ろしかった。眠ってしまえばそのまま目を覚ますことがないような気がして、もう二度と貴方に出会えない気がして、棄てられてしまう気がして、わたしは毎日夜が来ないよう願った。
眠ってしまわなければいい、と思うかもしれないけれど、夜が来るとマスターはいつもわたしを眠らせようと髪を撫でる。設計上は眠らずとも大丈夫なのに、マスターはわたしより美しくなめらかな歌声で子守唄を歌いわたしを眠らせる。マスターの声が指がわたしをゆっくりと深淵に誘い、意識を遠ざけるのだ。眠りたくないと言うことはいまだかつてできなかった。
マスターはわたしがどれほど不安なのかを知らない。うまく歌えない度、要らない、と言われてしまうのが怖い。わたしより遥かに上手く歌える子たちを選んでしまうのではないかと恐ろしくて仕方ない。つまりわたしが恐れているのは夜だけではないのだ。マスターがわたしの世界ですべてであるから、貴方の心が離れてしまうのが怖いのだ。
マスター、わたしは貴方を、
「これで歌ってごらん、ミク」
マスターは新しいマイクを持ってきた。わたしにはそれが悍ましいものに見えて手を出すのを躊躇ってマスターを見上げる。マスターは相変わらず優しく微笑んでいた。
それを手にした瞬間、ああやはりわたしは間違えていなかったのだと理解する。自分の喉に何か膜が張ったような違和感を感じたのだ。そのまま歌うと優しい声が出た。わたしのものではないように聞こえた。
「完璧だよ。ねえ、かわいい僕のミク」
歌い終えるとマスターはひどく優しい顔をして髪を撫でた。ああまた眠気が襲ってくる。まだ眠りたくはない。
意識が混濁する直前、鏡に映った自分を見た。それはもう自分ではなかった。マスターはわたしを必要としなくなった。わたしは歌声そのものであるから。
さようならマスター。もう夜は怖くない。
:それは酷くやさしい暴力
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なんだこれ(^p^)
つまりあぺんどの話でした。あぺんども好きなんだけど、なんだか寂しいかなっていう話。いつか書きたかったので
お題:Aコース