「――あら、それは平和島静雄と…もう一人は誰かしら」

 俺はゆっくりと顔を持ち上げ、自分の秘書を振り返る。俺の手に収まる携帯端末の画面に映し出されているその画像は、これ以上ないという程に嬉しそうな表情で破顔する池袋最強と――…そして、全く同じ顔をして笑う和服姿の"平和島静雄"。事情を知らない人から見ればひどく不思議に思うのも、当然だろう。もしかしたら、合成写真とも考えるかもしれない。
 俺はふっと、唇の端を緩めた。

「――そうだね、シズちゃんの双子の兄…とか。これからそういう設定になるんじゃないかな?」

「?」

 首を捻る波江を無視して、俺はくつくつと肩を揺らす。

「……また、何かおかしなことをしてるのね」

 彼女は何かを悟ったのか、酷く呆れた様子だった。
 俺は笑う。別に、他の人にどう思われようと構わなかった。滑り出した唇を止めようとは思わず、俺は勢いのまま何も知らない彼女に語り出す。

「馬鹿だよねえ、シズちゃんもつくづく。電子の海をさ迷っていた"人ならざるもの"が、その境界線を飛び越えてこの世界に紛れ込んだ。問題なんてこれからいくらでも湧き出てくるっていうのに、こーんなに幸せそうな顔しちゃってさ」

「…………」

 波江は何も言わなかった。俺はふっと声のトーンを静め、柔らかく言葉を繋ぐ。

「まあ、何かあってシズちゃんが俺に泣いてすがって来るっていうんなら…いくらでも手を差し伸ばしてあげるけど」

 勿論、その分の等価はいただくけど――…と。

 付け足した俺の言葉を聞き波江は無表情のまま、しかしやはり呆れた声を出す。

「あなたの愛も、大概歪んでるわね」

「そう? 誰だってこういうものでしょ」

 その言葉だけは聞き捨てならなくて、俺は眉をしかめて柔かな椅子から身を起こす。


「波江だって誰だって――…みんな」


 …沈黙が降りた。


 これで会話を打ち切るつもりだった俺は静かに黒の携帯端末を己のポケットの中に仕舞い込み、腕を伸ばして大きく伸びをする。

「――…等価、って言ったわよね、あなた」

「ん?」

 だからこそ弟以外に関しては無頓着な波江が更に会話を続けてきたことに、俺は驚き思わずぴたりと体の動きを止めた。

「さっきよ」

 何事かと思ってその顔を見返してみるが、やはり波江のその顔からは表情が窺えない。

「ああ…言ったね。それがどうかした?」

 俺はこてりと、純粋に疑問の思いを抱いて首を傾げた。

「今回の等価は何なのかしら」

「……」

「今回あなたは大量の資金を叩いて、あのアンドロイドを造った。そして平和島静雄に、あんなに素敵な笑顔をプレゼントしたんじゃない。その対価として一体、あなたは何を手に入れたのかしら」

 彼女らしい質問。
 俺はゆっくりと自分の体をその椅子に預け直した。

「何、ねえ…」

 俺は肩を揺らした。そして――あはは、と。笑う。声を出して笑う。自分でも不思議に思うくらい、可笑しくて可笑しくて仕方がなかった。

 波江の表情が怪訝なものになったのを俺は視界の端で捉え、ぴたりとその笑い声を止める。



「それでもう、十分じゃないか」


 …静かにそう言った俺の表情なんて、俺が知る由もない。




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