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初恋ロジック(2/2)





唐突な俺の言葉に彼女はその良く動く口を止め、きょとんと首を傾げた。
それは世間一般に蔓延る通説というか何というのか、明確な根拠など何処にも見当たらぬものの俗世間には深く浸透している。だから俺は別に彼女にそのジンクスを教えるつもりでも、また教えたとしてもだからどうという訳ではなくて。


「初恋は実らない」


何も俺は彼女が俺にとって理解の出来ない存在だからといって決して近付かない訳ではない。俺は偶にそうやって、とある事柄や思想に似たそれに対する彼女の見解を遠回しに求める癖がある。何せこれまで自分と彼女の意見が一致したためしがないのだ。彼女はいつでも俺に新鮮な答えを与えしばらくの間俺はその答えに時間を費やす。しかしそれが存外面白く、つまり彼女が彼女であるからこそ俺の好奇心が疼くのだ。


「…?」


俺の言葉に彼女は依然として首を傾げている。そしてその有名なジンクスをまるで未知の産物でもあるかのように、ぱちりとその瞼を瞬いてみせた。
俺はそのジンクスに信頼を寄せている訳でも、また懐疑心を抱いている訳でもない。ただ自身の奥底に沈むほろ苦い記憶が事実として思い起こされる、ただそれだけの事で。長い沈黙を彼女の反応を待つために呑み込めば、漸くその可愛らしい唇はゆっくり開かれた。


「駄目ですよ、ペンギンさん」


へらりと、しかしながら彼女は刹那その顔を綻ばせる。
肯定でも否定でもないその第一声はやはり俺を戸惑わせるものの、彼女は至極愉しそうなその表情を崩さない。


「それは…ジンクスじゃありませんから」

「…?」

「それは初恋が叶わなかった人の後付け…ううん、諦めるために言い触らした観念かもしれない」


俺に聞かせるというよりかは、彼女は自身の中で噛み砕くかのように呟く。
語気は柔らかく決して分かりづらい内容でもないのに、自己完結するようにそう紡ぐ言葉のテンポは速い。


「初恋も実ります」


だってそうでしょう?
彼女はそこで俺と視線を絡ませながらそう続けた。


「難攻不落と謳われる城だって、落城しない訳じゃない」


にこり。その彼女にはあまりに不似合いな大人びた台詞は、しかしながら純朴な満面の笑みと共にさらりと流暢にその口から紡がれる。


「………、」


いつもそうだった。ああ、やはり分からない、これだから俺には彼女が分からないのだと、俺はいつも閉口してしまう。
ガチャリと音を立てて不意に開いた扉に顔を上げれば、その手に紺のカーディガンを携えた船長が飄々と姿を現して。ぎゃぶ。また蛙が潰れたような声が聞こえた。


「見てる方が寒い」


ばさりと無造作に放られた船長の服は見事に彼女の顔面をすっぽり覆い、慌てて彼女が顔を出す頃には船長は既に廊下に歩みを進めていた。あの男の彼女に対する態度は当初と何ら変わり映えしないものの、珍しく飽きずに長く彼女の相手をしている事を俺は度々ふと思い出しては逐一驚かされるのだ。しかしそれは俺に彼等の間柄について何らかの疑心を抱かせる程度のものでは決してないし、あの男が彼女のような人間に盲目になる兆しだなんてこの目にちらりと過った事もない訳で。


「…ローさんて基本的に天然タラシですよね」


万人に対して振り撒く訳ではない彼の気遣いを、彼女はふわりとその身に羽織る。
少し悔しがるように、しかし何処か苦笑しているかのようにも見える彼女から放たれたその台詞は冗談であるのかはたまた本気であるのか俺にはやはり分からない。しかしながら既に離れ行く背中を心底楽しそうに見つめたかと思えば刹那床を蹴り目的の人物を追いかける彼女を見れば、俺の思案など答えを出す程のものでもないような気がして。


「……落城…ねえ、」


ポツリと不意に呟いた言葉はまたしばらくの間俺を縛るのだろう。
ぴょんぴょんとそれこそ兎のように、あの男に追いつき懲りずにその周りを飛び跳ねていれば彼女はその頭を緩くその刺青だらけの手に小突かれる。その男が構える要塞のような城砦を、彼女は本当に崩せる気でいるのだろうか。
初恋も実りますだなんて願望に近いその戯言に、しかしながら俺は最早顔すら思い出せぬ人への淡い恋心を思い起こす。あの感情を諦め手放してしまったのは果たして何時の頃だったろうかと、今日も変わらぬ二人の背中に俺は小さく笑った。






























初恋ロジック


「ローさん今日も素敵です!」

「はいはい、そりゃどうも」




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『花盗人』kanonさんことカノ姉より、相互記念としていただいてしまいました…!
先ずですね、このタイトルの可愛いさ!もう私は初っぱなからにわくてかしました。そうしたら案の定まあ、ヒロインちゃんが可愛い…! 健気にローさんローさん言ってるところとロジックを覆す発言をするところの強かさのギャップが、凄く素敵でした。
そして最後に然り気無くローさん、デレきたっ…!(え)
ここから恋愛感情を抱くのか否か曖昧なところのペンギンがまた、ナイスなスパイスでした。(^^) そのペンさんのローさん差し置いて語りという出張りっぷりに、改めてカノ姉のペンさん好きっぷりを感じたよ〜!

さてそれではこちらこそ改めまして二度目の相互、本当にありがとうございました…!