あっと思ったら引き寄せられていた。驚き息を詰めた私の背中に、甘えたような雰囲気で回される腕。
珍しい。
私は戸惑い首だけで後ろを振り返った。
「サ…ソリ、さん？｣
「ん…｣
…すり、
まるで猫か何かのように擦り寄ってきた赤い髪が、私の首筋を擽る。
ちょっと…いや、かなりこそばゆい。
いやいや、それにしてもこの可愛過ぎるお方は誰だろうか。さっきから胸の辺りがきゅんきゅんと忙しないのだが。
「どうしたんですか？｣
「…別に｣
ぱちりとその長い睫毛が影を落とす透き通った双眸と視線が絡まった、と思えば、ふい、その目は逸らされる。
全く、一体どうしたと言うのか。
しかしそんな素っ気ない仕草とは対照的に、私の体を包むその腕の力は緩やかに増した。どきり、高鳴った鼓動に、私は視線を泳がせる。
きっとこれもまたサソリさんの、ただの気紛れ。解っている。いつもはこんなこと、絶対にしてくれない。だからこそ私は動揺を隠せなかった。
それが悔しくて。むうと、私の唇は自然とへの字を描く。
「どうした？｣
そんな一瞬の出来事を、だけどサソリさんは見逃さなかった。私は伏せた瞼からちらり、視線を持ち上げ、その緋色の瞳を窺い見た。
「いつも私ばっかりサソリさんにどきどきして…狡い｣
その姿は明らかに、私よりも歳下のもの。なのに、そこから醸し出されるのは大人の余裕。
中身は三十路ということで、考えてみれば当たり前の…仕方がないことなのだが。
するとすう、と。私の頬の直ぐ横でその二つの緋色が、僅かに見開かれるのが判った。
「――…お前、今そんなにどきどきしてんのか？｣
意外だとでも言わんばかりのその表情。私はこくり、逆らわずに頷いた。
「へえ…｣
Ｓ級と称されるだけの忍らしく、サソリさんは滅多にその感情を晒さない。だから私もあまり、顔には出さないようにしてる。その所為でサソリさんも気がつかなかったのだろう。
いつもは何に関してでも全く敵わないサソリさん出し抜けたようで、少し嬉しい。僅かに口端を持ち上げ北叟笑んだ私の横顔に、サソリさんのじっとりした視線が突き刺さる。
それがまた楽しいのに。
私はふにゃり、目尻を下げた。
と、そのとき。
「！｣
「………｣
ふう、と。私の耳元にかかっていた横髪を持ち上げられる感触。
私ははっとしてしまった。しかし、もう遅い。
今ので見つけられてしまっただろう。内心の動揺を押し殺し笑って見せた私の――…だけど、真っ赤に色づいた耳の色を。
しいんと辺りを包み込んだ沈黙に、私はとうとう赤面する。するとくつり、態と私の鼓膜を揺さぶるかのようにサソリさんの笑みが私の耳たぶを擽り鼓膜を揺らした。
「――可愛い奴｣
「っ！｣
ダイレクトに囁かれたその言葉が私の脳内にじんわりと熱をもたらすのと共に、つうとそこを滑った湿り気のある何か。
私の肩はびくり、知らずに揺れた。
「ちょっ――…｣
後ろを振り返りかけた私の唇に、すかさず近づいてきたサソリさんのそれ。
ひやりと冷たい唇がかぷり、私を食む。
「…っサソリさ｣
言いかけた瞬間、するりと私の咥内に侵入を果たした湿り気のある何か。その舌はじきに歯肉をなぞったり人の唾液を啜ったりと、好き勝手に轟き始める。悪戯に動くサソリさんの動きに翻弄され、やがて私の思考はどれどろと溶かされていった。
静止の声を上げんとその名前を呼ぼうにも、私の発声器官は塞がれている訳で。
呼吸を必要としないサソリさんとは違って息苦しさと快楽にどんどん涙目になっていく私を、近すぎて滲みぼやけるこの緋色の瞳は悠々と楽しんでいるのだろう。
…するり、
私の腰骨辺りを妖しく撫ぜたその手のひらは、傀儡作りのサソリさんのもの。冷たく無機質な塊。
しかし。
温度のなかったそこにはいつの間にか私の熱が移り、人肌の温もりを持っていた。
それにどうしようもなく心躍った私は朦朧とし始めた意識の中でそれでも微笑み、無意識の内にその手のひらの上に自分のひらを重ねた。
「…可愛い奴｣
一瞬、私が意識を飛ばしてしまわないようにと申し訳程度に唇を離されたその隙間。その瞬間に、再度囁かれたその言葉。
サソリさんは私の意図に気がついたのだろうか。
かあっと熱が集まった。しかし、そのときは酸素を取り込むことで精一杯だった私は反論する間もなく、またサソリさんの秀麗な唇に呼吸を奪われた。
…全く、次に私がそれを許されるときはいつだろうか。
ばか、サソリさんのが可愛い。
心の中で囁いたそれは、私たちの熱にふやけて消えた。
120130
ただサソリさんにいちゃつかれる可愛い女の子が書きたかった。それにしてもこのサソリさん誰これ状態。
唾液が伝う。
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