サソリさんサソリさんあんまり人の携帯弄り倒さないでください。――…なんて一介の女子高生に過ぎない私が忍相手に言えるはずもなく、ただただ大人しくフライパンを振るう。 うーん、デイダラくんみたいにテレビに釘付けになっていてくれれば良いのに。 ちなみに今のチャンネルでやっているのは『日本の心』という番組らしい。おお、こっちの世界を学ぶには丁度良いんじゃと思ったのもつかの間、どうやら伝統工芸特集らしい。 ちなみに今夜は…何何、"陶芸"? ああ、粘土だからね。納得。 「ご飯、できましたよー。各自飲み物なんかと一緒に盛り付けてください」 「おう! これ見終わったらな」 「…てめェが盛れ」 「え? それならサソリさんの分はご飯特盛、かぼちゃはひとかけ…」 「ふざけんな」 私の携帯電話を放り投げ、ずかずかと近づいてきた真っ赤な髪。全く、初めから素直に従っていれば良いものを。 あれ、ところで私の携帯は無事だよね。 「デイダラくーん。今日はオムレツです。なくなっちゃいますよ」 「何だと!?」 がばりとテレビ前に横たえていた体を跳ね上がらせ、デイダラくんは早足でこちらに近づいてきた。勿論、チャンネルはその手にしっかりと握って。 デイダラくんは本当に卵料理が好きなんだな…覚えておこうっと。 「おお! 意外なことに美味そうだな…! うん」 「意外は余計ですけどありがとうございます」 くそう、何でそんな大輪の花のような笑顔を浮かべるんだ…可愛いじゃないか。こうなったらいつか絶対にあの金髪を三つ編みにしてやる。あとポニテとツイン。 「かぼちゃのスープを作ろうか迷ったんですけど、時間もなかったのでそのまま煮物にしちゃいました。良いですか」 「…ふん」 どうだって良いという感じて鼻を鳴らしておきながら、その手はオレンジ色で埋め尽くされた鉢をずりずりと引き寄せた。全く、どうしてお二人はこんなにも可愛い生き物なのだろうか。 「じゃあ、いただきます」 「おう、いただき!」 「…ます」 にっこり笑顔で"挨拶ぐらいはしてくださいよ"と圧力をかければ、サソリさんも渋々といった様子で小さくそれだけ囁く。結果二人で『いただきます』の一言を完成させたその様子は、なんとも私的には美味しかった。 デイダラくんは相変わらずテレビに夢中で、サソリさんは無言でかぼちゃを突っつく。だけど別に不満はない。 あ、今心なしか笑ってくれた気がするぞ。口に合ったのかな、良かった。 斯くいう私も、食事の際にはそんなに喋るものでもないと思っているのだ。特に会話もない為、私はただテレビのナレーションに耳を澄ます。 しかしふっと言っておきたいことがあったんだと思い出した私は、一度箸を置くとすっと背筋を伸ばし、口を開いた。 「あの、お二人とも」 「ああ…?」 「んー」 一人はちらりと視線だけを持ち上げ、またもう一人はこちらを見もしない。と思えばテレビではエンドロールが流れ出したらしく、ゆっくりその金色頭はこちらに向き直った。それを確認した私は二人の瞳を真っ直ぐ見つめ、はっきりと宣言して見せる。 「何かご要望がありましたら、何でも言ってください。実現可能かどうかは別として、できる限りの努力はしますから」 赤色と青色の瞳は、そんな私の言葉にひどく面食らったようだった。ふうと私が口元を緩めれば、サソリさんは僅かに目を伏せた。 「…悪ィな」 「いえ、私が好きでやってることですから」 ふわりと食卓に流れた雰囲気は、ひどく穏やかなもの。しかしそんな中でデイダラくんがおずおずと、私の顔を覗き込んでくる。 「…なあ」 「はい?」 ぱちりと瞬いた私の目の前で、デイダラくんの人差し指が真っ直ぐテレビの画面へと伸ばされる。私はつられてそちらの方へと視線を移し、デイダラくんの指し示すその存在を認識すると、 「あのぐるぐる回るやつ、オイラも欲し――…」 「駄目です」 私は迷わず即答した。 「…………」 「…………」 「…………」 「駄目です」 「………」 「………」 「…分かった」 しょぼんと分かりやすく肩を下げたデイダラくんを見て、私は小さく苦笑いを溢す。思わず手のひらを伸ばしてその頭に触れてみるが、それが振り払われることはなかった。 「ごめんなさい、デイダラくん」 「…うん、良いんだ」 「代わりに私が三つ編みしてあげますから」 「何の代わりだ」 「それはただシオがしてみてぇだけだろ、うん」 久々に人と一緒に食べた夕食は、やけに美味しく感じた。 「お風呂沸きましたよ」 最早定位置となりつつあるソファの上で相も変わらずふんぞり返っている赤を見、私は言う。首を回して私を見上げてきたサソリさんは、その顔を歪め一言。 「…てめェ覗くんじゃねーのか?」 「私には残念ながら、食器洗いという任務がありまして…」 「本気で悔しそうな顔すんなよ、うん。どんだけ変態なんだ」 横から飛んできたデイダラくんの茶々に私はにっこりと口角を持ち上げ、滑らかに唇を動かした。 「ありがとうございます」 「…………旦那、」 「煩ェ、ほっとけ」 そして短い針が着々と天辺に近づいてきた頃。 私は自分の顎を人差し指と親指で摘まみつつ、うーんと小さく唸り声を上げた。 「…どうかしたのか? うん」 ひょっこりと私の顔を覗き込んだのはデイダラくん。上半身は裸で肩にタオルを掛け、牛乳に満ち満ちたコップを片手にしたその姿は、THEお風呂上がりといった様子だ。目の保養と心の中でガッツポーズを決めつつ、私はゆっくり唇を開く。 「いや…この家には私の部屋以外に、兄貴の部屋があるんですけど」 「あー…。寝る場所、か」 「はい。その部屋にはベッドが一つしかなくって…」 そこで言葉を切れば、デイダラくんがふっと視線を私から逸らした。新たに向かった先は私の後方――…おそらく、ソファの上でふんぞり返っているサソリさんだろう。ばちり、私の頭上で火花が散った気がした。 沈黙が降りたのは、一瞬。 ちっと小さく舌打ちを溢したデイダラくんはがりがりとその金糸を掻き乱し、だるそうな様子で唇を開いた。 「仕方ねェな…うん。オイラがソファで寝る。シオ、毛布だけ貸してくれ」 「…ふん」 「えっ、それで良いんですか?」 「ああ。旦那はさらさら譲る気ねーみたいだしな」 ふうと息を吐き出したデイダラくんを見上げ、やっぱり何かと権力的なものではサソリさんの方が上なんだなぁと私は一人勝手に納得する。それからすっと視線を下げた私は、気落ちを隠さないまま口を開いた。 「一緒に寝ないんですか…なんだ。それならもう一つベッドがありますよ。ダブルベッド」 「まだ寝床あんじゃねぇか!」 くわっと真ん丸なお目めを更に見開いたデイダラくん。 「…ダブルベッド?」 眉を潜めたサソリさん。 「はい、亡くなった父と母が使っていたものです」 私はさらりとなんてことないような調子で僅かに笑いながらそう言えば、再びデイダラくんの瞳がサソリさんの方向へと動いた。 「………」 「………」 「………」 「年寄りを労れ、デイダラ」 「ちょっと待てよなんでこんなときばっかりそんなこと持ち出すんだよ、うん! サソリの旦那はこいつの兄貴の部屋を使うんだろ?!」 「私のお勧めとしましては、お二人で仲良くダブルベッドを使うのが良いかと…」 「何でそうなるんだ、うん」 「てめェは黙ってろ」 「はい分かりましたクナイは仕舞いましょうそれきっと銃刀法違反です」 降参の証としてホールドアップして見せた私の顔に、サソリさんは白々とした視線を送ってくる。 そんな顔も素敵ですね。だけどどうせならデイダラくんと見つめ合っててくださいお願いします。 「…シオン、てめェの両親の部屋だったところはどこだ」 「あ、二階の突き当たりです」 私が答えるのと同時に、サソリさんはゆっくりとそのソファから立ち上がる。 「旦那…!」 「諦めろデイダラ」 そして――ぽん、と。 不意に私の頭を叩いた手のひらの感触。驚いて顔を上げれば、そこには至近距離にサソリさんの綺麗な緋色の瞳が見えて。 「じゃあな」 驚く私を余所に、その背中はゆっくりと遠ざかっていく。「くっそー…」と唸るデイダラくんに向かってサソリさんは振り返らないまま手を振り、悠々と居間を後にした。 もしかして今、私の頭に手のひらを置いた意味は――…。 おやすみなさいの合図 「…デイダラくん」 「…何だよ」 「今からでも遅くありません。夜這いに」 「誰が行くか! うん」 鼻の頭にきゅっと皺を寄せ力強くそう言い切ったデイダラくんに、私はちっと舌打ちを溢す。 あ、しまった。つい。 「おいシオ舌打ちとはいい度胸じゃねェか、うん」 「だ、だってですね…」 「お前は…あれか、オイラたちをそういう目で見てるんだな? うん。何だっけ…ふ、腐じょ」 「腐ってるって言い方好きじゃないんで、その呼び方は止めてください」 「お、おう…悪い。うん」 ついつい強い口調で咎めるような声を出してしまった私を見、デイダラくんは罰が悪そうな様子で僅かにその眉を下げる。 うん、分かったならよろしい。 私は態とらしく鷹揚に頷いて見せると、真顔で口を開く。 「愛に性別は関係ありませんよ。私は偏見も持ちません。だからデイダラくん、さあ素直になっ」 ――ぶわっ、と。 突如私は頭上に強い風圧を感じた。 「いい加減にしろ」 私の頭デイダラくんの手のひらが落ちる。また手刀かこんな調子じゃ頭へこんじゃうと思ったのはしかし、一瞬。 降りてきたのは何故か平の部分で、それは私の髪をくちゃくちゃに掻き回してきて。 「………あ、の?」 戸惑い見上げたその先で、シアンの瞳が三日月を描く。 「おやすみ、シオ」 …ちょっときゅんとしてしまった。 120114 |