「サソリさーん、そろそろ重いんでちょっと籠持ってくだ」

「何か言ったか」

「…………」

「………」

「………」

 ちらりと私の斜め後ろに控えるデイダラくんを振り返ってみたが、彼は私と目が合うなりつーんとそのかんばせを思いきり逸らしてしまった。どうやらつい先程のたったあれだけのことで、完全に拗ねてしまったらしい。
 私ははあとため息をつきながら、血の流れが悪くなった左腕を思いその籠を右腕に移す。と、そのとき見えたある野菜。私はぴくりと肩を揺らし、それからこほんと一つ咳払いを溢した。

「……」

「?」

 ちらりとサソリさんの方を見やれば、その瞳は訝しげに細められる。それを確認した後私はするりとそれらが並ぶ棚に近寄り、わざとらしく声を上げた。

「わー、かぼちゃが安ーい」

「………」

 ここでは敢えて、台詞は棒読みに。

「だけど困ったなー。籠が重いや」

 嘘臭さをこれでもかという程に演出し、

「荷物がこれ以上重くなっても嫌だから、仕方ないよね」

 相手の苛立ちを誘う。

「ここはかぼちゃを諦めて――…」

「シオン、そろそろ腕が疲れただろう。籠貸せ」

 ばっと一瞬で奪われたそれ。私はにやり、頬を緩める。

 やっぱり、サソリさんはかぼちゃが好きだったんだ。意外と可愛い味覚をお持ちで。

「ありがとう」

 にこりとその瞳を見つめ笑いながら発したその言葉には、ちゃんと心を込めておいた。サソリさんはふんと軽く鼻を鳴らしていた。
 私はそのにこにことした笑顔のまま、すっと手のひらをサソリさんに向かって突き出す。途端に警戒の色が強まった赤の瞳なんて、私には見えない。

「サソリさん、その服屋の袋は流石に嵩張るでしょうから、それくらいは私が持ちま」

「…てめぇ、人のパンツ見んだろうが」

 心底呆れた表情で私の言葉の途中でそう吐き捨てたサソリさんに、私はきょとんと目を見開く。

「何を言ってるですか、サソリさん」

 そんなの当たり前じゃないか。



 私はちらり、デイダラくんの方を今一度窺ってみた。

 …うん、まだご立腹なのか。しつこいな。

 私は数歩離れたデイダラくんの方にいそいそと歩を進め、そのふて腐れたような青色を覗き込む。

「デイダラくんデイダラくん」

「…んだよ、うん」

「さっきはごめんなさい、ちょっとやり過ぎました。デイダラくんの欲しいものは何ですか?」

「知るか」

 ふいとそっぽを向いたデイダラくんを見上げ、私は唇をへの字に曲げる。多分、デイダラくんは子どもみたいに意地になってるだけだと思うのだが。そんなことでは、その内引っ込みがつかなくなってしまうと言うのに。
 私はふう…と俯く。と、頭頂部の辺りに感じた視線。やっぱり、そろそろ許しても良いかなとは思ってくれているようだ。

「………バナナ」

「は?」

「卵」

「…………」

「プリンにお酒にポテトチップス。…後は何ですか?」

 デイダラくんは驚いた顔でその目を真ん丸に見開き、その唇を閉ざした。どうやら、私が連ねたそれらの名前は図星だったらしい。デイダラくんが分かりやすい人で良かった。ややあって口を開いたデイダラくんからはもう、苛立ちの念は掻き消えていて。

「…もうない。今言ったの買ってくれよ、うん」

「分かりました」

 私は頷いた後に直ぐ傍にあった――デイダラくんが熱心に視線を送っていたものの一つである――酒瓶を手に取り、左腕に残っていたもう一つの籠――勿論、そちらの方にもたくさんの食材が入っている――に追加する。そして私は徐にその籠をデイダラくんに向かって突き出すと、満面の笑顔で言葉を発した。

「はい、それでは未成年の私はお酒を買うことができないので、この籠はデイダラくんが持っていってください」

 多分、堂々としていればデイダラくんなら買えます、と私が言葉を付け足せば、デイダラくんは小さく苦笑いを溢しながらその籠を受け取った。

「あざといと言うか何と言うか…。そんなことしなくたって、荷物くらい持つぞ? うん」

 そのデイダラくんの表情は少し予想外で、私は思わずきょとんと目を丸くする。
 デイダラくんはそんな私の視線を受けて、照れ臭そうに頬を掻いていた。



今日の夕はちょっと頑張って
みようかな




「…サソリさん」

「ああ?」

「どうしてかぼちゃだけはわざわざ小さな袋をもらってまで、そんな風に独立させるんですか」

 私の視線の先には、一つのかぼちゃだけが入った袋。そしてその他の食材がたくさん詰まりぱんぱんに膨れ上がった袋。ちなみにサソリさんが今手にしようとしている袋は無論――…。

「…………」

「…………」

「…………」

「…荷物持ちくらい、してくれますよね」

「…チィ」

 舌打ちしやがったよこの美少年。

 デイダラくんもそんなサソリさんの様子には流石に大人げないなと呆れたのか、私の隣で小さく苦笑いを溢していた。




120111

 
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