「じゃ、先ずは服でも買いに行きますか」 嬉々としてそう宣言した私は、デイダラくんとサソリさんに向かってぽいぽいと兄貴が残していったものから適当に見繕った服を放り投げる。 軽々とそれらを受け止めた二人は、それに視線を落として訝しげに眉をしかめた。 「…これ、」 「あ、センスに関する文句は私の兄貴に言ってくださいね」 「兄貴?」 「はい、今は本州の方に出ていっちゃってていないんで、気にしないで使っちゃってください」 今は一人暮らしなんです、と聞かれてもいないことを笑顔で言いのけた私は、早速くるりと踵を返す。 「それじゃ、行きましょう! 平日の夕方だったら多分、そんなに人目につかないで済むと思いますし」 「ちょっと待て」 「うぐッ…?!」 一歩踏み出した私の足を止めたのは、伸びてきたサソリさんの腕。ちなみにその手が掴んだのは私の首根っこ。 一瞬酸素供給が途絶えたわ馬鹿。 恨みがましく後ろを振り返れば、サソリさんは既にその両腕を偉そうに組んでいた。 うん、一々動きが素早いな。 「てめぇ…色々とはしょりすぎじゃねぇのか?」 「えー?」 だって面倒くさいんだもん。 「顔に出てるぞ、うん」 とそのとき横から伸びてきた手のひらが、私の頬っぺたをぐにっと摘む。 ちょ、これ以上ひどい顔になったらどうしてくれるんだこの美形が…! 「いや、説明なんてどの話もおんなじようなものばっかりじゃないですか」 「いや、オイラたちが知るかよ。てか、さっきから何の話してんだ」 それもそうか。 渋々相手方の言い分に納得した私はくるりと二人を振り返り、きちんと話を聞く体勢になる。…為に私は歩き出した。 「お二人とも、飲み物は番茶で良いですかー?」 「おお、悪いな…って、話する気あんのかよ! うん」 「煎餅も出しますね」 てきぱきお茶の支度を進めれば、サソリさんは気づけば既に食卓についていた。 うん、順応能力高いな、流石忍。いやこの場合、単に図々しいだけかな。デイダラくんは困った顔して突っ立ってるし。 「どうぞ、座ってください」 「…あ、ああ」 椅子を引いて促せば、どこか居心地悪そうにデイダラくんはそれに従った。ちなみにお茶菓子はかぼちゃ煎餅だ。きらりとサソリさんの瞳が輝いた気がしたのは、果たして気のせいだろうか。 「あっ…と、そうだ。サソリさん!」 「!」 ぴくりと肩を揺らしたのには気づいたものの、私は返事が返ってくる前にその手を掴んだ。うん、やっぱり温かい。人の肌の弾力もある。私はほっと表情を緩めた。 「良かった…物凄く失礼なことをしてしまったかと。どうやら、物も食べられそうですね」 「お前…」 驚いたようにその瞳を見開いたサソリさんに、私は首を傾げる。そしてふと思い出したことにより、私はぱっとその手を離し今度はデイダラくんの方を振り返る。 「やっぱり、デイダラくんの手のひらからは口が消えてるんですか?」 「う、うん? ああ…そうだけどって、………え?」 デイダラくん?と鸚鵡返しに私の呼び方を真似したデイダラくんに、私はああと頷く。そして僅かに眉を下げた。 「流石に呼び捨ては悪いと思って…あの、私の中でデイダラくんはデイダラくん、サソリさんはサソリさんだったんですけど、駄目でしたかね?」 「…違ぇだろ、馬鹿が」 呆れたようにため息を吐き出したサソリさんの真意が読めず、私は頭上にはてなマークを掲げる。しかし二人は一向にその口を開こうとはしなかった為、私はこほんと一つ咳払いをする。手前にあった――デイダラくんの目の前の椅子に腰掛け、私はすっと本題を切り出すことにした。 「それで…お二人は私に、何を聞きたいんですか?」 ちらりと、デイダラくんの瞳がサソリさんの方へと僅かに動いた。私は黙ってそれを見守る。確かに、こういう話はデイダラくんよりもサソリさんの方が得意そうだ。 ややあってふと、サソリさんの唇が薄く開かれる。 「…てめぇは何故、俺たちのことをそうも知っている」 …失念していた。そう言えば私はさっきから、教えられてもいないことをさも当然のように口にしすぎてしまっていたかもしれない。ふむ、と。私は左手の人差し指第二関節を自分の唇の上に当て、瞬間的に思案する。 もし私が、二人と丁度逆の立場だったとしたら。"お前は創作物の中の登場人物でしかない"。その事実を突きつけられたとしたら。 そんなの認めない。認めたくない。今まで自分はずっと他人に動かされていただなんて堪えられなくて、何とかしてそこに示された動きとは別の行動を起こして見せるだろう。つまり――…作られたはずの話が、未来が、変わってしまう。 そんなのは駄目だ。 「…お二人は、」 ぴくり、と。緋色と青の瞳が、私の声に呼応して揺れる。私はその瞳を代わり番こに見つめ返し、さもそれが真実といった様子で堂々と嘯いてみせた。 「と言うかそちらの世界の方々のことは、こちらの世界では伝説として部分部分だけですが語り継がれているんですよ。嘘か本当かも分からない、どこか他の世界の物語。この世界にはその中に出てくる人々に憧れて、色々な妄想を膨らませたりする人もいるんです。例えば、自分が向こうの世界に紛れ込んでしまったらどうなるのかって考えてそれをまた新たな物語にしてみたり。例えば――…」 「向こうの世界の人間が、こちらの世界に迷い込んできたり…か」 成る程、と。サソリさんは合点がいったという様子で鷹揚に頷く。私は口をつぐんだ。当然だ。だって、今語った話の殆どが真実。違うのはサソリさんたちのことが実際に描かれている"漫画"という存在を打ち明けなかったということだけ。せめて自分の未来のことまでが明確に記されている書物、その存在を見つけないようにと私は考えたのだ。だって本当に自分に関するそんなものを見つけてしまったとしたら――…私ならショックが大きすぎる。 「…んじゃあ、オイラたちはこっちの世界じゃ更に有名人ってことか」 「更に…まあ、そうですね。知っている人は知っています。そして、そんな人の数は決して少なくはありませんね」 見つかったら大騒ぎになっちゃいますよ、と。私が脅すようにして呟けば、デイダラくんの喉仏はこくりと上下した。 うん、一々素直で可愛いな。 「じゃあ、俺たちが出歩くのはまずいんじゃねぇのか?」 「その服装さえ何とかすればまだましでしょうけど…まあ、そうですね。だけど、日用品は私一人で買いきれません」 「じゃあ、どうすんだ?うん」 私はぐっと二人の方に身を乗り出した。 「私に、名案があります」 あの女に連れられ、やって来た服屋。人はまばらだった。しかし、たくさんの視線がこちらに向けられているのが分かる。 隣に並ぶサソリの旦那は知らん顔。ごそごそと目の前に並ぶ衣服を漁る。そりゃ、オイラだってこの女たちに視線を向けられることくらい慣れている。 「…あの、」 そのときふとオイラに声を掛けてきたのは、大人しそうな女二人組。 「何だ?」 珍しい。大概こういうときに声を掛けてくるような女は、決まって自分に自信のあるような派手な奴と決まっているのに。 首を傾げたオイラの目の前で眼鏡を掛けた女の一人が、顔を真っ赤に高潮させて声を上げた。 「あ、あのっ…」 「うん?」 「しゃ、写真取らせていただいてもよろしいですか…!?」 オイラはぱちぱちと瞬きするのと同時に、妙に感心してしまう。女が言っていたことは本当だったのか、と。 「悪いな。写真は止めてくれ」 「そ、そうですか…」 しゅんと項垂れた女二人に、オイラの心に少しの罪悪感が湧く。 「悪いな」 オイラは再び謝罪の言葉を口にした。 「オイラはただのレイヤーなんだ。モデルには向かねぇよ、うん」 凄い完成度ですね、感動しましたっ…!とだけ早口で紡いだ女たちは言うだけ言うと興奮を抑えきれない様子でぱたぱたと駆けていった。 それを見送ったオイラは、ふうと大きく息をつく。そしてくるり、改めて旦那の方を振り返った。 …――が、 「…………」 「…………」 「………何笑ってんだ? うん」 「…ぶはッ、ふ、あはははは…っ!!」 いつの間にか旦那の隣には例の変な女が。ひいひい言って笑い転げている女を見て、オイラは訳も分からずただ首を捻る。 「……デイダラ」 「うん?」 妙に哀れんだ表情の旦那が、静かな声でオイラに呟く。 「お前多分、遊ばれてんぞ」 いつまでも一枚上手で いられると思うなよ 取り敢えず涙を浮かべて笑うその女の頭にわりと強めに手刀を落とした後、ふと思い出した今さらながらの質問を訊ねてみる。 「あんた、何て名前なんだ?」 女はつい数秒前まで浮かべていたものとは質の違う滴に濡れた瞳を持ち上げ、いててと頭を擦りながらそれでも笑って言葉を返した。 「シオ」 その表情は、どうしてだかひどく楽しげで。オイラ少し、その笑顔に引き込まれる。 「シオって言います。よろしくお願いします、デイダラちゃん」 …取り敢えず調子に乗っていたようだったので、二度目の手刀をその頭にクリティカルヒットさせておいた。 111230 |