「…何笑ってやがる」

 不意にぐいっと無理に、私の顎が垂直に持ち上げられる。見えた瞳は紅緋色。
 先ずはお決まりでこの状況を打破するところか、と思っていた私は、こんな危機的状況の真っ只中にいるにも関わらず笑みが溢れてしまった自分自身に更に苦笑いを溢してしまう。私の視線のその先でこれまた美しいという形容詞がぴったりの柳眉が、くしゃと困惑に歪められた。

 ああ、勿体ない。

 息が苦しい。無理に反らされる喉が、裂けてしまいそうだ。しかしそうさせている手のひらに温もりを感じた私は、おやと心の中で呟く。どうやらこれまたお決まりで、お二方は共にただの人間に戻っている可能性が高そうだ。そう言えばヒルコも見当たらない。
 答えない私をどう思ったのか、ぱっと唐突に私の顎は解放された。ごんっと、私はそこを強かに床へと打ち付けた。

 痛い。舌を噛んだらどうしてくれるんだ。

 ややあって再度顔を持ち上げた私の目の前では、青い瞳がやはり困惑した様子でこちらを窺っている。

 ああ、面白い。

 開き直った私は最早自然と持ち上がってしまう口角をそのままに、私は唇を開いた。

「私が笑っているのは今日は私の誕生日であって、そんな日にあなたたちと出会えたからです」

「…はあ?」

 ひどく楽しげな私の言葉に、デイダラの――…いや、この場合彼は最早キャラではない。一人の人間だ。呼び捨てではあんまり、だろう。まあつまりはデイダラくん――その瞳がきゅうっと胡散臭げに細められて。

「ああ、先ずはここはどこか、でしたね」

 私はふわりと微笑む。些かこの場には相応しくない笑みかもしれないが、今目の前には大好きなキャラたちがいるのだ。頬が緩んでしまうのも、当然。

「ここは日本。忍術もなければ忍と呼ばれる存在もない、平和な国ですよ。あなたたちの元いた世界から見たら――異世界」

「…異世界」

 ぽつり、背中の方から静かな声が落ちてきた。私は窮屈な体勢のまま、しかしなんとかこくりと首を頷かせる。

「はい、あなたたちは今、異世界にトリップしてしまったんです」

 そこに降りたのは、しんと重たい一瞬の沈黙。
 しかし直ぐにその静けさは、目の前の青の瞳を持つ異世界人によって破られた。

「随分自信満々なんだな、うん?」

 疑われるか、と。私は冷静に自分の状況を悟る。…いや訂正しよう。今の私は決して冷静などではない。物凄くわくわくしていた。

 桁外れにNARUTO大好きな自分に乾杯。

「何でそう言い切れる」

 詰問するような冷たい台詞。背後から放たれたそれに、私はなんとか首を回して半ばだけ振り返り、真っ直ぐその朱色の瞳を見つめ返し、言う。

「二次創作の世界ではお決まりのことですから」

「…………」

「…………」

 …あれ?と。私は首を捻る。何故だかお二人からやけに、呆れた雰囲気が伝わってくるような気がする。

「…頭可笑しいのか、てめぇ」

「え? いや、いたって真面目にお話しているつもりなんですけど…」

「…………」

 あれ、何だろうこのそこはかとなく漂ってくる哀れみに満ちたこの雰囲気は。

「自分が変だってことも分かってねぇんだな、うん…」

 え? 何ですか何ですかこの可哀想に的な視線は。

 私は思わず、むっと唇を引き結ぶ。そしてやや語気を強めると、再び口を開いた。

「あの…そのご様子だとまだ外の景色なんかは、ご覧になっていないんですか?」

「ああ…?」

 うわぁドスの効いた声。

 背後から感じる何言ってんだコイツ的オーラは心に痛いものの、そんな脅しは痛くも痒くもない。だって相手は大好きなキャラだ。

 あれ、これじゃ私まるでM属性みたいだ違うのに。

「良いから一旦見てみてください。ほら、騙されたと思って」

「…………」

 多分、私の背中に容赦なく全体重をかけてくるサソリさんがデイダラくんに何か合図を出したのだと思う。デイダラくんはこくりと一度だけ頷くと私の目の前から立ち上がり、家の奥の方へと消えていってしまった。きっと、居間の窓から外を見る気なのだろう。

 待つこと数十秒。戻ってきたデイダラくんの表情には、明らかに戸惑いの色が窺えて。

「私が言った通りだったでしょう?」

 ふふんと私は思わず鼻を伸ばす。しかしすかさず私の真上から伸びてきた手のひらが私の頭をがしりと鷲掴み、ごっと軽く床に沈められた。

 サソリさん痛いです顎が割れちゃいますやっぱりSなんですね。

「どういうことだよ…」

 デイダラくんが小さく呟いたのを聞き付けた私は、そこを逃さず言葉を畳み掛けた。

「あなたたちはこの世界を知りません。何故ならここは異世界。私はあなたたちが言うには"頭がおかしい"人間らしいけれど、少なくともあなたたちよりはこちらの世界の物事を知っています」

「……………」

 我ながら口ばっかりは上手いと思う。そして何より、好きなキャラに会えたという事実によっておかしな数値まで跳ね上がったテンションによって、恐怖というものがどこか遠くにログアウトしてしまった所為もあるのだろう。
 黙り込んでしまった二人の様子を窺い、いけると私は確信した。

「さてここで一言。私はあなたたちをこの家に泊めてあげても良いと思っています」

 私はにっこり、未だに私の頭を軽く固定しているサソリさんは見えないから、目の前のデイダラくんの瞳を見つめて笑って見せる。

「どうしますか?」

 デイダラくんはひどく困った様子で、その綺麗な青を泳がせた。

「あー…」

「どうするんですか? このまま、私のことを殺しちゃうんですか?」

 はあ…、と。突如私の頭上から聞こえてきたのは、大きなため息。デイダラくんの瞳がぴくりと、私の上方を捉える。

 と、その瞬間。

 ふっと宙に浮かんだ私の体。意味が分からずぱちくりと瞬けば、そのすぐ目の前には燃えるような赤い髪を晒した端麗な顔があった。そこで私は漸くと、サソリさんがその身を私の体から持ち上げついでに私の頭も持ち上げ、そしてそのまま立ち上がり私と向き合ったのだということを悟った。この一瞬でまさかそんなことが行われたなんてと未だ半信半疑の私は、やはり瞬きを繰り返すことしかできない。

 いやそれにしてもサソリさん、頭痛いです指めり込んでます首もげそうですよく私より身長が低いのに私の体を持ち上げていられますね。

「面白ぇ女だな」

「あはは…ありがとうございます」

 本気で照れた私は、ぽりぽりと頬を掻く。

 いやだってサソリさんまじ美少年。

 しかしそんな私のときめきは束の間、不意に私の頭の締め付けが失せる。即ち支えを失った私の体は重力に従い落下。

 いってぇ…。

「…お尻打ちました」

「知るか」

「お、おい旦那…」

 戸惑ったように小さく声を溢したデイダラくんをサソリさんはちらりと振り返り、それから無様に床に転がる私の顔を見下ろし笑って言った。

「仕方ねぇから世話になってやるよ」

 イケメンはどんな憎たらしい顔して笑っても、やっぱりイケメンでした まる

 ちなみにその隣で驚いたように真ん丸くその瞳を見開いているデイダラくんを見て、可愛いとか思ってた私なんて絶対にいないんだから、多分。



頼っておくれよニョリータ

 
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