「シオ暇だ〜。うん」 「えっ? それなら一つ、お願いが…」 「嫌だ」 「…私、まだ何も言ってませんけど」 「…誰だってそんなわきわきしてる手なんか見たら拒否するだろ、うん」 ソファにごろりと寝っ転がったデイダラくんは、奥様方が喜びそうな不倫がどうとかできちゃった結婚がどうとか、そんな下らないことをだらだらと垂れ流し続けているテレビのチャンネルをつまらなそうに弄くっている。 全く、だったらもっと寝ていれば良かったじゃないか。 その尖った唇を可愛いなと何となく眺めていれば、私の鼓膜を揺らした静かな声。 「オレも暇だ」 だるそうに窓際の壁に寄りかかって座りぼんやりと空を見上げていたはずサソリさんまでもが、小さくそう呟いた。 「そんなこと言われましてもねぇ…」 インドア派というか寧ろ引きこもり気味の私にとって、学校がなければ家でごろごろするのは常套。どこかへ出掛ける、なんて、面倒以外の何物でもなかった。 「あまりにも暇すぎて、てめェで人傀儡でも作りたくなってきたぜ…」 「さてそれではどこへ出掛けましょうか」 すっくとその場に立ち上がった私を見、サソリさんはその口元を満足そうに緩めていらっしゃった。 くそう、一々絵になるな。 まだまだ人の体のままでやりたいことがたくさんある私は、慌てて脳内でどこか二人が喜んでくれそうなところを模索する。うーんと唸って部屋を歩くこと数分、私はぴんと頭上に電球を灯した。 「そうだ…」 「お? 何だ何だ?」 「…決まったのか?」 私はくるりと二人を振り返り、ふっと口端を持ち上げて見せた。 「美術館、行きましょう」 途端、分かりやすくそのブルーアシードの瞳を輝かせたのはデイダラくん。 「おおっ…! 良いなそれ、うん」 あくまで落ち着いた様子で、しかしガラス越しに光を浴びてオレンジ色に透けるその瞳を楽しげに細めたのはサソリさん。 「こっちの世界の芸術の鑑賞って訳か…。ふん、良いだろう」 二人から乗り気な解答を得た私はにっこりと微笑み、唇を開く。 「あのー…そこでですね? そこに行くまでの電車賃は勿論、食費も光熱費も挙げ句の果てには家賃まで、こちらが全部払う訳ですよね」 やけに楽しげな笑顔を見せる私を、不審に思ったのだろう。訝しげな視線が私の体に突き刺さる。だけど、私はそれらを少しも意に介さない。 「だから、ちょーっとお願いがあるんですけど…」 何故ならあちらが反論できないことを、私は十二分に解っている。気にする必要もないのだ。 「お願いって…さっきも言ってたやつか? うん」 「…まどろっこしいな。何だ」 私はつい数分前に投げつけられた言葉を教訓に手のひらをわきわきすることなく、すっとヘアブラシを構えて見せる。 「髪、弄らせてください!」 嫌そうな気色を全面に押し出しているデイダラくんに向かって、サソリさんはくいと一つ顎をしゃくった。渋々といった感じでデイダラくんが唇を開きかけたところで、私は気づく。 ああ、何か勘違いなさっているようだ。 無言のやり取りを交わした赤と黄の様子をにこやかに眺めつつ、私は口を開いてさらりとまた一言発する。 「あ、サソリさんもですよ?」 わあ、サソリさん、すっごい顔。 電車に揺られて三駅ほど。さて、ここから15分程も歩けばもう目的地だ。 私は軽く息をつき、くるりと後ろを振り返る。 「お二人とも何してるんですか。早く行きますよー?」 にやりと唇に弧を描いた私に、デイダラくんとサソリさんは勿論とんでもなく鋭い視線を向けてくるが、今はそれさえも可笑しい。くすり、ついつい小さく声を漏らしてしまった私に二人はずかずかと近づいてきたかと思えば、がしり、勢いよく私を掴んできた。 デイダラくんはその腕で私の首を。サソリさんはその手のひらで、案の定私の頭頂部を。 「いだだだだだ!」 「シオ、後で覚えてろよ…? うん?」 デイダラくんデイダラくん、その爽やかな笑顔が今は恐怖です。 「なぁシオン、そろそろ足も疲れただろう? 少し休ませてやるよ」 止めてサソリさん何かぐちゅうって出てきそうなんだけど。 「あの…拒否権ってものは…」 私の問いに返ってきたもの? 凄く凄く優しい笑顔と強烈な圧力。 うん、何よりも二人の思いを雄弁に物語っているよね。 そのとき、そこが人通りの多い駅前だったこともあり、私の耳に届いてきたのはいくつかのソプラノ。微かな囁き声。 いいなぁ…。 それは、こちらを羨望の眼差しで見つめる何人もの可愛い女の子たちから溢されたもので。 そんなにこの金髪ポニテと赤髪でこ出しピン留めスタイルなイケメンたちと触れ合えている私が羨ましいのだろうか。 いや、私だってそりゃた、全く嬉しくない訳ではない。断じてない。 だけどもまあ、言うならあれです。 全力で変わってください。 念願の達成に北叟笑む 「…あるものを得る、その代償の大きさを学びました」 「うん?」 「何訳分かんねーこと言ってんだ」 早くチケット買え、と冷淡な声で急かすサソリさんの瞳はしかし、明日に遠足を控えた子どものような純粋な光を隠しきれていない。 「よし。入ろーぜ! うん」 先陣切って歩き出したその金の尾っぽを、私は微笑ましい思いで追いかけた。 120509 |