木乃伊の恋



京極さん
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「……あの、じゃあ武田さんが手伝ってくれませんか?」

そう言うと武田は突然大声で皆と世間話を始める。薬師寺は一瞬たじろぎはしたが、すぐに武田に合わせて相槌を打つ。当然、二人の間に割って入る隙はない。どうしたものかとしばらく立ち尽くしていたが、諦めて一人で作業することにした。レジに背を向ける際、武田に横目で睨まれた。

「ふん、何なんよアイツ、途中から入っといて偉っそうに。あなたらも従わんでいいけんな」

こんなので負けていたら終わりだと、京極の言葉を思い出し、その後は黙々と作業を続けた。
そろそろ13時が近い。もうすぐ結良と皆が上がるから、今のうちに伝票の整理をしておかないと。14時からはファーストフードを最低限量作って、15時頃には本店から第二便が送られてくるから、それまでに駐車場とトイレ清掃を終わらせた方がいい。

そうこうするうち、京極から連絡が入る。明日から新商品を売り出すから、今日中に売り場を作っておくようにって。しばらく話してバックヤードから戻ると、また店の陳列がまた荒らされている。
武田が欠伸をしながらレジでぼーっとしている。恭弥は額の汗をぬぐい、滅茶苦茶の売り場の整理をする。
と、外の駐車場から見知らぬ中年男性に激しく手招きされた。鬼のような形相からして嫌な予感がしていたが、まさしく的中する。武田の粗悪な接客態度へのクレームと、トイレの張り紙が気に入らない、店が汚い、駐車場も汚い。二度と利用したくない旨を数十分にわたり、延々と告げられる。

「すみません」「申し訳ありません」もうそれしか言えない。14時が近くなったころ、ようやく解放される。二便の到着まで間もない。とにかく清掃だけでもきちんとしよう。気付けば猫背で作業していた。
ほどなく、第二便が送られてくる。おぼつかない足取りで、ジュースやらお弁当やら、届いた商品を急いで陳列する。京極の言っていた今週の新商品もあった。

スタミナたっぷり焼き肉弁当。

北海道の農場限定の国産牛に、お米は新潟産のコシヒカリを使用、一個700円近い値段のそれが、何十ケースと納品されている。どうにかして弁当売り場にスペースを設けなければ……。

「おい!」

客の怒鳴り声がまた恭弥の背中を震わせた。

「レジが遅すぎる。いつまで待たせるつもりか」

列はできていないから、単純に武田の手の動きが遅すぎたのだろう。急いで武田の隣にヘルプに立つが、全然手伝わせてくれない。買い物袋を取ろうとしたら怒鳴られた。

「たったこれっぽっちで袋使ってどうするん!? こんなもん、ハダカでいいやろ、勿体ない。もっと頭使いやあんた」

その言葉に、今度はお客さんが激怒。客を馬鹿にしていると清算の途中で帰ってしまった。こうしてまた一人、客足が遠のいていく。そろそろ目眩がする。

ようやく一通りの業務をこなしたところで武田が休憩に行った。
午後15時、これから一時間はカウンター業務だ。早朝から働きづめ、まだ一分も休めていない。でもこの後は、明日の発注を上げないといけない。予算内といえど、売上が悪いので、たくさんは仕入れられない。新商品もあるからその辺も考慮していかないと。

そうこうするうちに夕方。ちらほらと客足が増えてくる。一人帰ってはまた一人。お客は武田を見て顔を険しくさせる。客の三人に一人は、恭弥に小言をぶつけていく。その度頭を下げる。背後で武田に鼻で笑われる。
閉店時間が近くなり、店仕舞いに追われる。恭弥一人で期限切れ商品のカットとゴミ出し、フライヤーの清掃と店内の清掃。閉店の後はレジを締めて、ようやくすべての業務が終わったのは午後22時を回っていた。

これから帰宅し、明日も6時には出勤しなければならない。睡眠時間を省いて、自由時間はどれだけあるだろう。
こんな日々が、ここ二週間毎日続いている。





「大丈夫ですか?」

翌日のこと。店内雑用に追われる背中ごしに声をかけられ、目眩を我慢しながら顔をあげる。

「あ、京極さん。お久しぶりです」

青白い顔で笑う恭弥を見て、京極の精悍な顔に険しさが増した。

「大分、お疲れのようですね。大丈夫ですか?」

京極は店内を見回しながら、同じ言葉を繰り返した。

「それが、全然。見ての通りで売上は横ばいのままだし。あ、お客さんのクレームは、少しは減ったかな」
「じゃなくて」
「え?」
「俺が心配してるのはきみの事だよ。大丈夫?」
「え?」

気遣いの言葉でさえ、肝心のそれが頭に入ってこない。睡眠時間は三時間。休みなし、休憩なしで働きづめて、今日で何日目だろう。
分からない。
覚えていない。
そんなだから頭もロクに回ってくれず、視界を白に黒に点滅させながら、なんとか執念で体を動かしている状態だった。

「大丈夫ですよ」

と、作り笑顔でそう返したところ、京極はいっそう険しく眉をしかめた。

「うん、大分、というかかなりやばい状態だね」
「……え?」
「恭弥くん、ちょっと事務所に行こうか」

分からないまま作業を中断させられ、バックヤードへ引っ張り込まれる。パート連中が、その様子を横目で追っている。今日も朝から通りすがるたびに小言をぶつけられていた。恭弥の存在はことごとく否定する癖に、居なくなると癪に障るらしい。突き刺さる視線に半ば目眩すら感じながら、その場を後にした。





「休暇……ですか」

事務所机を挟んだ目の前で、京極がにっこりと頷いている。

「そうそう。たまにはリフレッシュしなきゃね。慣れない職場で疲れも出る頃だろうし、一度ゆっくり骨休めしようよ」

ガンと石の塊で頭を殴られた気がした。
やはり君ではこの店をまとめられそうにないと、遠回しに言われているようにも感じた。

確かにそれは、恭弥自身も自覚はしていた。
前任の店長がどんな人物だったかは分からない。彼女たちが何故ああも頑なに仕事を拒否しようとするのか、その理由も分からない。
無表情でレジに立つ彼女たちを見ていて、それでも最初はどうにかなるだろうと甘い考えがあった。それぞれの個性を尊重して接していけば、そのうち仕事に対する姿勢も変わってくるんじゃないかと思っていた。

でも、現実は違った。全く違った。おはようの挨拶も、ありがとうの声かけも、まったく響く様子がない。それどころか、たった一人で業務を背負い込む恭弥を見て、嘲笑われているとさえ感じる日々が続いている。

「ありがとうございます。でも、俺なら大丈夫です」
「どうして大丈夫なのかな?」
「俺が休んじゃったら……。他に代わりはいませんから」

そんな事気にしなさんなと京極は言う。

「だいじょーぶ、こんな時のSV(スーパーバイザー)なんだから。俺がなんとかするよ」
「でも……」
「気持ちは良く分かるけどね、紺詰めて仕事をしすぎても追い詰められるだけだよ」

パートさん達と上手くいってない現状を心配しての配慮なのだろうが、遠回しに戦力外通告を受けた気がした。

「ね?」

京極はにっこりと笑う。

「……です」
「ん?」
「嫌です」
「そっかあ……。困ったなあ」

あははと笑って頭を掻いているが、内心は困り果てているに違いない。額にうっすら汗が滲んでいる。
この歳になって反抗期なんて、大人げないとは思う。だけど、どうしても首を縦に振る訳にはいかなかった。今ここで負けてしまったら、もう二度とこの場に戻ってこれない気がしていた。

「あ」

すると突然、濃い醤油顔がパッと明るくなる。

「それじゃあ、明日明後日と俺の仕事を手伝ってもらうというのはどう?」
「……え?」

その突拍子の無い提案に驚いて口ごもっていると。

「宇和島市街でね、市場調査の予定なんだよ。でも、俺一人だといつも視点が偏っちゃって。それでさいきんは企画も戦略も頭打ちなんだよね。夏商戦も近いし、どうにかしなきゃって思ってた所なんだけど」

京極はそこまで言うと、恭弥の両手を握り込んだ。

「うん。恭弥くん、休暇が嫌なら俺の手伝いをしよう。こう言っちゃあなんだけど、個人的にはすごく助かるから」
「週末に店を抜けるなんて、それこそ無理です」
「大丈夫、俺が何とかする」

前任の店長は強制解雇した、当のオーナーはコンビニ業務についてはさっぱりという感じだし、じゃあ一体、二日間の穴埋めを誰ができるというのだろう。
それはそうと、握られた手が痛い。

「恭弥くん、これは本社命令です」

京極はニコリとも笑わずそう告げた。

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