放課後の楽しみと言えば、彼のいる図書室へと赴く事だと思う。

不器用な

部活をやっている友達を図書室で待った事がきっかけ。暇をつぶせるような本はないのか、と棚を見やっていた時に彼――黒子君に声を掛けられた。儚い、そんなイメージを持つ彼の姿はすぐに見つからず、目の前に彼がいる事に気づいた瞬間、私は女らしくない声を出したのを覚えている。
ぱち、と瞬きをした黒子君は、次第に赤面していく私を見て柔らかな笑みを浮かべた。

恋に落ちる。案外あっさりと、しかも馬鹿みたいに単純な事でそれは起きるのだとぼんやり思った。
そう、私はこの時、彼に恋をしたのだ。

そこからは簡単なお話。クラスの違う黒子君に会う為、週に一度彼が担当している曜日に図書室へと通う日々が続いた。過去形、よりは現在進行形で。
奇妙な声を発した私は彼の印象に残ったらしく、私たちは知り合いへと発展。本を借りようと貸出カウンターへと行けば、彼が声をかけてくれるようになった。

「苗字さん」

抑揚のあまりない、落ち着いたトーンの声で名前を呼ばれればそれはもう元気は出るわ、やる気は起きるわ、でまさに単純と言うほかない。
今まで関わりがなかった書籍に手を出して、慣れない活字を読む日々。だけど本を返しに行くと、黒子君が感想を聞きに来てくれる事もあって、図書室通いはやめられそうにないなと思った。

彼の纏った空気が好き。
静寂、だけどどこか熱を帯びた瞳は澄んでいて、まっすぐこちらを見つめてくるもんだから私はその眼差しから目をそらせないまま。
バスケ部である彼は、その瞳でどんなプレイを魅せるのか。見てみたい、それと同時に知りたくないような気もする。
これ以上、どう好きになれと言うのだ。今だって精一杯な恋心が早鐘を打って止まらないというのに。伝える勇気も持ち合わせていないそれは、無能で厄介なものなのに。

どうして、手放せない。

「…………」

せっかく図書室へとやってきたのに、今日はそんなマイナス思考が邪魔をして本を探す気にもなれなかった。とりあえず来たからには本を借りていこうと、ファンタジー系統の本が並んでいる棚の前まで来てみる。もうすぐ最終下校の時間になるな、と時計を見て思った。もう一般生徒は私だけのようだ、静かな空間がそれを告げている。
今日もこのまま終了かな、と、どうやったって管理する委員と借りていく生徒という肩書きから抜け出せない、そんな思いからしゃがみ込み、小さくため息をついた。

「苗字さん?」

名前を呼ばれ、声の主を探す。未だに慣れない影の薄さに戸惑えば、肩を優しく叩かれた。

「黒子、君」
「どうしました? 気分が優れませんか?」

どうやらしゃがみ込んだ私を心配してくれているらしい。慌てて首を横に振り、笑顔を作ってみせる。

「大丈夫だよ」
「なら、良いのですが」

私の横で同じようにしゃがみ込むと、黒子君は並べられた本のラベルをその男らしい指でなぞり始める。一冊、また一冊と触れていく彼は何も言わない。静まり返った室内は、私の心を慌てさせるには十分すぎるもので。静寂が当たり前な部屋なのに、どうしてか今日は逃げ出したくなった。

「何か」
「……?」
「もし、何かあって困っているのなら、僕で良ければ力を貸しますよ」

初めて会った時と同じ、穏やかな笑みが視界に入る。そんなの、狡い。狡すぎる。もう、好きが止まらない。

「無謀、な……恋が」

ぽつり、と呟くと、彼はこちらを見つめるだけで何も言わない。

「実らない片思いが少し、辛くなっただけだよ」
「片思い、ですか」
「うん。ずっと止まったままで、動かない恋がもどかしくなったの」

それは動かそうとしない私が悪いのだけれど。
告白しようとか、ここ以外の場所で会ってみるとか、そういったアクションを起こさないのだから、進展するはずがない。

「僕の、知ってる人にですか?」
「…………うん、知ってるよ」

むしろ君だもの。
そんな事言う勇気はないのだけれど。

「一生懸命で、優しくて。私の話にも親身になって聞いてくれる、私にはもったいないような人」

そう、私には不釣り合いなくらい、素敵な人だから。だからこそ、伝えるのを戸惑ってしまう。そしてそれ以上に、今の関係が崩れてしまうのが怖い。

「苗字さんはとても素敵だと思いますよ」
「え?」
「僕は苗字さんの全てを知っているわけではありませんが、あなたと話しているとそう思います。だから」
「?」
「だから、あなたに想われる方が羨ましいです」

その言葉を飲み込むのに少し時間がかかった。気のせいか、黒子君の頬が少し赤らんでいるようにも思える。この現状と彼の言葉に、私の恋心がどくん、と脈打った。
自惚れだ、と思えば思うほど、嬉しさが溢れて顔に熱が集まっていく。

「……そんな顔しないでほしいです」
「だ、だって」
「勘違いしてしまいますよ、僕」

顔を覗き込むように近づいてきた彼の瞳と私のがぶつかる。真っ赤になった私がその綺麗な目に移りこんでいた。駄目だ、こんなの、本当に狡い。真っ直ぐな瞳から逃げるように俯き、私は口を開いた。

「私だって黒子君に想われる子が羨ましいし……あと、貸出の時に名前呼ばれると嬉しいけど恥ずかしくなるし、本の話題についていけるの楽しいし、でも、伝えちゃったら壊れそうな気がして……」
「苗字さん」

次から次へと出てくる言葉は、彼の一言で遮られた。
俯いていた顔をあげると同時に、柔らかいものが唇に触れる。二秒。混乱を極めていた思考回路がばちっとショートしたのが分かった。

「図書室ではお静かに」

彼は今までに見せた事がない不敵な笑みを浮かべ、勝ち誇ったように告げた。
あぁ、ほんと、狡い人。

不器用な心は、彼のキスで黙らせて。

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