短編 | ナノ


「今、何と…」

端正な顔の持ち主と言うのは、どんな表情でも様になるものなんだな、と目の前で瞳を丸くし自分を見つめている男に思った。反対にナマエは眉一つ動かさず、自身の感情を読み取らせることなど全くさせない表情で、ディルムッドを見つめている。

「言ったままの意味。少し距離を置きましょ」
「そんなことをすれば、主の命が!」

ナマエの言葉に被せる程の勢いで、ディルムッドは叫んだ。先程の動揺した声とは違い、今度は荒げて放つ言葉にもナマエは表情を崩さない。まるで、感情と言うものが欠如しているのではないか、と間違いさえさせる程だった。

主の言葉だと言うのに、この男は全く聞こうとしないどころか、それに反対までしてきた。それまで無機質だった表情のナマエの顔に少しばかり呆れが見え、薄桃色の唇から深い溜息が出た。

「必要となれば呼ぶ。でも、それ以外の間もあなたは私の傍にいようとする」

現界していれば、その分魔力も消費する。私にも、独りになりたい時があるのよ。それなのに、あなたがずっと傍にいたらそれも出来ないでしょ?正直に言ってしまえば、疲れたのよ。それに、あなたにだって独りになりたい時はあるでしょ?私のことを守らなくちゃ、なんて思ってずっと甲斐甲斐しくいてくれているけど、別に良いのよ?

「……」
「どう?判ってもらえた?」

理由をずっと押し黙らせていたのを口にしたお陰か、ナマエの顔は清々していた。反対に、ディルムッドの表情はどんどん暗くなっていく。苦痛に耐えるように瞳を細め、唇を噛み締めていた。ナマエはディルムッドからの直接の容認の返事はなかったが、否定もしないのを見て、それ以上返事をまたなかった。

ナマエが踵を返した瞬間、それまで押し黙っていたディルムッドがナマエの名前を呼んで、彼女の腕を掴んだ。必然的に進むことを妨げられたナマエが振り向くと、目の前にはディルムッドの鍛え上げられた逞しい胸元だった。

「…、確かに俺は貴女のサーヴァントだ。しかし、俺が傍にいたいと思うのは単に貴女がマスターだからだとか、そう言うものではないッ」

ナマエの身体に回された腕に力がこもる。後頭部に回された右手の所為で、ナマエは顔を上げることが出来ずディルムッドの表情を窺うことは出来ないが、震えて話すその声に大凡の表情が想像出来た。

「ナマエの考えは最大限尊重したい。しかし、離れることだけは無理だ。貴女がいくら大丈夫だと言っても、俺は万一のことを考えてしまう。俺は、ナマエを失うことが何よりも恐ろしいんだ…!」

まるで糸が切れた様だった。それまできつく抱きしめていたディルムッドだったが、ナマエの前で膝をつき崩れていった。ナマエの身体に回していた腕は、今は彼女の両腕を掴んでるだけにすぎない。しかし、その力も弱々しいもので、ナマエが払えば簡単に振り解ける程のものだった。

「顔を上げなさい、ディルムッド」

言われるまま項垂れていた顔を上げれば、ナマエの顔が目の前にあった。それまで全く読み取ることが出来なかったナマエの顔に表情が生まれ、妖艶に微笑む。その艶やかさにディルムッドの心音が確かに跳ね上がった。ディルムッドの心音が聞こえなくとも、ナマエにはそれが判ったかのようにナマエは唇に弧を描く。

「主の命令がそんなに聞けないの?」
「あ、るじ…」

いつの間にか解かれていた白く柔らかな両手が、ディルムッドの顔を包み込む。視線だけでも充分に感じていたのに、両手で顔を包まれたことで完全にナマエの瞳から逸らすことが出来ないと、ディルムッドは感じた。

「でも、あなたが私のことをそんなに思っていたことを気付かなかった私にも非があるかも」
「そんな!主に何も…ッ!」

ディルムッドが放つ言葉をナマエは瞳で諭し、それ以上を語らせない。ディルムッドが黙ると、ナマエは再び薄桃色の唇で弧を描く。屈めていた腰をさらに曲げ、ディルムッドとの顔の距離を縮めていく。近づいてくるナマエの美貌に、ディルムッドは身体が熱くなるのを感じた。

「…ほんと、馬鹿な人」

その言葉を聞くと同時に感じた唇の柔らかな感触に、ディルムッドは目を細めた。


はやくそのをください
(でも、そんな馬鹿なところも好きよ?)




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -