短編 | ナノ


※『ジムノペディ』ヒロイン


これはまだ、私が幼い頃の話―――…



「…ッ、…ひっく、」

由緒ある名家の生まれの私は、物心ついた頃にはそれを両親に教え込まれた。自分もいずれは、魔術師として大成を果たす。それがこの家に生まれた義務であり、使命。
学ぶことは多く、厳しい。けど、そのことを私は苦とは思わなかった。私だけが苦しめを受けている訳ではない。両親も、そして―――

「誰かいるのか?」
「ッ!?…おにぃ、さま…?」
「ナマエ…!?どうしたんだ、その格好は!」

広い庭の片隅。私はそこにいた。あまり人の通らないそこは、人目につきにくいから誰にも見つからないとばかり思っていたのに、よりにもよって一番会いたくない人が私を見つけた。それまでのことを思えば、私はすぐにでも泣きつきたいところだけど、それ以上にこの姿を見られたことが恥ずかしくて、私は慌ててそれまで放っておいた涙を無理やりゴシゴシと拭いた。

「なッなんでもないん、です。これは、…」
「何でもない訳ないだろう!髪はボサボサで、服も…その腕は!?」
「へいき、かじられたけど、いたくないから…」

ケイネスお兄様の言う通り、私の格好は散々だった。今朝ちゃんと梳いて貰った髪は、ボサボサになって櫛なんて到底通る様子は無い。服はあちこちが裂け、腕や足にはかじられた跡。その姿だけを見れば、とても名家の娘と思われるような要素は何処にもない。

「その本…ナマエ、まさか」
「ごめんなさいッ、ごめん、な さぃ…」

拭った涙は、再びボロボロと零れて後を絶たない。情けない姿を晒したくなくて、無理に拭おうとすればお兄様が私の手を止めた。

「そんな乱暴に拭いたら、目が赤くなる。ほら、」

差し出されたのはハンカチだった。それを受け取ると、私はそれで涙を拭いた。その間、お兄様は私の傍に落ちていた本を手に取っていた。それは私がお父様の工房からこっそり持ち出した召喚術の本。本のすぐ傍には私が書いた魔方陣。お兄様は聡明な人だから、私の格好とそれらをすぐに一本の線に繋げた。

涙が止まった私は、ハンカチで顔を隠しながらお兄様の様子を窺った。子供の自分でも、やったことの間違いは充分判っていた。お兄様の口から溜息が出た。その姿に、肩が小さく震えた。

「ナマエ、どうしてこんなことをしたんだ?」
「…それは、」

私のお兄様は小さい頃からとても魔術に優れた人だった。そんなお兄様は私の自慢だった。私が今出来ないで悩み倦ねていることを、お兄様は私と同じ歳の頃には出来ていた。生まれた時から、才能の差が違うことは判っている。でも、私はそれでも少しでも頑張ってお兄様に近づきたかった。お兄様に少しでも相応しい妹に、自慢出来る妹になりたかった。

お父様の工房から持ち出した魔術書を基に妖精を召喚出来れば、少しはお兄様に自慢して貰える様な妹になれると思ったのに、結果は散々だった。呼び出した妖精に私は使役どころか、格下と判断され悪戯され今に至る。

「おにいさまに、ほめてもらいたくて、…わたし、」
「話は判った。けど、ナマエのやったことは良くない。父上もきっと、怒るだろう」
「…、」

お父様の言いつけを破ったのだ、当然のこと。お兄様の言うことはもっともで、散々泣いた筈だったけど、これからのことを思うとまた涙が出てきた。ボロボロと三度零れ始めた私の涙を拭ったのはお兄様の手だった。

「とりあえず、その格好を整えよう。その間に、父上に少しでも怒られないような言葉を一緒に考えよう」
「…はいッ!」

優しい、優しい、お兄様。私の一番の自慢の人で、掛け替えのない大切な人。今はまだ、私ではお兄様のお役に立てなくても、いつかその時は来る。私がお兄様の力になれる、自慢の妹になるその時が―――…


この手はもう少しで君に届く


「お兄様」
「どうした?ナマエ」

あれから十数年。お兄様の手に聖杯戦争の参加資格である令呪が現れた時、私は確信した。今こそ、この人の力になる時が来たのだ、と。

「教えて下さい、どうしてあの人なのですか?」
「何の話だ?」
「サーヴァントの魔力供給です。どうして、私ではないのですか?」

けど、お兄様が選んだのは私ではなくあの女。よりにもよって、一番選んで欲しくなかったあの女。理由を求めたのは私の方だけど、きっとどんな尤もな理由をお兄様の口から聞いたとしても、私は納得しない。でも、結局は聡明なお兄様が判断し、決断したこと。ただ私ではまだ力不足で、お兄様にとって自慢の妹ではないと言うことだろう。

(そう、なら私は―――)



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