なんてタイミング、 ウェイバー・ベルベットが冬木市に訪れて数日。慣れない極東の地に、根をあげそうになったのも同数日経っている。そんな彼にも、漸くお気に入りの場所が出来た。 「あ、こんにちは」 「…どうも」 マッケンジー宅から少し離れた所に、そのコーヒーショップはあった。全国にチェーンを広げている店だけあって、味も、接客もマニュアル通り。全く持って申し分ない。しかし、ウェイバーがここ数日毎日の様に通っているのは、それが理由ではない。 レジへ向かえば、「今日は何にしますか?」とマニュアルで書かれている以上の愛らしい笑顔で迎えてくれる少女に、頬が赤くなるのを隠しながらウェイバーは注文をすませた。 「こっちはどうですか?慣れました?」 「え?、あぁ…それなりに」 「良かった」 『名字』とネームプレートの着いた同い年くらいの少女。恐らくそれが彼女のファミリーネームであることはウェイバーにも理解出来たが、ファーストネームは今だ聞けていない。聞いてみようと何度か試みた時もあったが、いざそれを実行に起こそうと思う度に何故か喉の奥で言葉がつっかえて出てこない。ただ、仮に彼女の名前を聞けたからといって、ウェイバーが名字の名前を気軽に呼べるとは当の本人も思っていない。 「あちこち行ってみました?結構遊べる場所とかもあるんですよ」 「周りに詳しい人がいれば、行けるんだけどね」 「それもそうですね」 金額を支払い、お釣りをもらう為待っていると、先にトレーが出てきた。しかも、よく見ればトレーにはスコーンがあった。頼んだのはマキアートだけで、注文の記憶は無い。支払った金額も、飲み物代だけの筈。ウェイバーが驚いて名字に聞こうとすると、名字はウェイバーが声を出す前に人差し指を唇の前に立てて、悪戯に笑った。 「これは、いつも来てくれているお礼です」 「え?でも、…」 「あ、言っておきますけど、誰にでもするって訳じゃないですよ」 クスクスと笑う名字に差し出されるまま、スコーンの置かれたトレーを受け取る。お礼を言おうと改めて名字を見ると、彼女はレジを台に何かを書いていた。視線に気づいて、名字はウェイバーに「お釣り渡しますから、ちょっと待ってて下さい」と一言。すぐに書き納めた様で、名字は釣り銭と一緒に先程書き認めた紙をウェイバーへ渡した。見れば、それはレシートだった。 「待ってますね」 「え?」 「あ、ドリンク出来たみたいです。ごめんなさい、引き止めちゃって」 名字の視線の先には、店内奥のカウンターからウェイバーが注文したマキアートが差し出されていた。流されるままウェイバーはマキアートを受け取り、店内のレジカウンターが見える所へ腰かけた。名字は既に、別の来店客に接客しており、ウェイバーの視線には気付いていないようだった。 ウェイバーはスコーンを頬張りながら、先程のレシートを見た。表面は何の変哲もないただのレシート。裏面を捲った次に瞬間、ウェイバーはスコーンを喉に詰まらせた。 「ッ!?…ゴホッ…ッ」 慌ててマキアートを飲み込み、落ち着きを取り戻し、改めて自分が見たそれを見直す。見た瞬間は、自分が見間違えたのかとも思ったが、何度見てもそれは見間違いではなかった。レジカウンターをそっと窺えば、名字もこちらを見ていたようで目があった。普段の名字なら、目が合えばニコリと満面に笑うそこをその時ばかりは、恥ずかしそうに微笑んでいた。
せっかくのチャンス |