短編 | ナノ


※ケイネス←ヒロイン←ランサー


「ランサー」

呼んだ声は酷く冷たく、突き刺さる程のものだった。呼ばれた声に振り向くと、声の主はすぐ傍にいた。その声同様、瞳は冷たく暗い。カツ、カツ、と鳴らす靴音は廃墟となっている建物の所為で必要以上に響きを渡らせていた。

「ソラウお義姉様から聞いたわ。あなた達のこと」

自分を呼ぶ時よりも、更に嫌悪の色を込めて女性の名を呼んだ。そのことからも、彼女がいかに自分の義姉となるその女性を嫌っているかが判った。

「忘れないで頂戴。あなたはお兄様が呼んだサーヴァントよ。誰が主か…」
「勿論、我が主はケイネス殿ただ一人です」

言った瞬間、ディルムッドはハッとした。頭を下げ、彼女―ナマエと視線を合わせていなかったそれを上げて相手の様子を窺えば、案の定。自分の話しを遮り、言葉を奪われたことを不服そうに浮かべる姿があった。
自分のマスターと同じ青い瞳は場所の所為か更に暗く、黒さを増した。しかし、一度光を浴びればそれは世界中のどの宝石を並べても比べ物にならない程の輝きを増すことを、ディルムッドは知っていた。

「…判っていれば良いの。でも、万が一あなたのその忠誠心に疑いが見えれば、私はただではおかない」

瞬間だけ合った瞳は、ナマエの方から逸らされた。勢い良く振る首に、長く伸ばされた金色の髪が揺れた。瞳同様、兄であるケイネスと同じ金髪は絹糸を思わせる程、細く柔らかな髪だ。その美しさは、つい手を伸ばし触れてしまいたくなるくらいであったが、その髪の持ち主は自分が触れることなど決して許しはしないこともディルムッドは判っていた。

「サーヴァントが聞いて呆れる。お兄様をあんな姿にさせるなんて」
「申し訳、ありません…」

ストレッチャーに横になったままのケイネスの姿は見るも痛々しいものだった。ケイネスをアインツベルンの屋敷から連れ戻してきた時のナマエの姿は、今も鮮明に覚えている。変わり果てた兄の姿に、普段何にも動じないナマエが我を忘れて兄の身体を抱き寄せ、涙を流し、叫んでいた。

マスターをこれ程になるまで危険な状態にさせたこともサーヴァントとしては勿論、騎士としてもとんだ失態だ。更に感じたのはその妹であるナマエを傷つけてしまったことに対する苦しみ。

薄々は気付いていた自身の感情をディルムッドは口にすることは無かった。ナマエの心に自分と言う存在が全くなく、仮に思いを告げた所でナマエの心の中の自分と言う存在が居場所を作ることもない。そう、ナマエの世界にいるのはいつだって―――

「、ッ……」
「お兄様…!?」

微かに聞こえたケイネスの声に反応し、身を翻して駆け寄る。ケイネスの元へ駆け寄る瞬間の表情を、ディルムッドは見逃さなかった。それまでディルムッドに向けていた、無機質な表情から急に人間らしい表情が生まれていた。
ケイネスが横になっているストレッチャーの元まで行くと膝を曲げて、顔の高さをなるべく近くまで持っていきその様子を窺っている。

「あぁ、お兄様…!可哀そうに、でも安心して下さい。お兄様には私がついています」

そっと労わる様にケイネスの右手を取ると、自分の両手でそれを包み込んだ。そのまま自分の頬をそこまで持っていくとケイネスの手の甲と重ねる。ケイネスへ向ける声はディルムッドと会話していた時の様な冷淡さは無く、愛情や慈しみに似た声色だった。後ろ姿しかとらえることの出来ないディルムッドであったが、彼には今ナマエがどんな表情でケイネスを見つめているのか、手に取る様に判る。

「大丈夫。例え何があっても、ナマエはお兄様のお傍についています。私は、お兄様の為なら何だって…」

語りかける声は何処までも優しい。しかし、語りかけられている当の人物は双眸を閉じたままだった。それでも妹であるナマエはただただ、ひたすらに兄へ声をかけ続ける。名前を呼び続けるその声はやがて情愛や優しさ以外に甘美さが見え始めた。

初めてナマエと対面した時、ディルムッドは今まで感じたことのない何かを彼女から感じた。ディルムッドを見つめるナマエの表情は今と変わらず無関心なそれであったが、それでも隠すことの出来ないナマエの艶やかさに魅せられていた。
しかし、所詮はサーヴァントとして呼ばれた身。自分の立場と言うものも、相手がどういう人物かと言うことも十分承知していた。それでも、溢れてくる感情からナマエの笑顔が、少しでも自分へも向けられないかと思った時もあった。

「必ずや、聖杯を我が主のもとへ」
「当然よ。もし、あなたが償いをしたいというのなら、それ以外に方法はありえないもの」

片膝をつき忠誠の姿勢で語れば、ナマエはそれまでケイネスへと向けていた顔をディルムッドへと向けた。見つめる視線も声も、それまでの甘美さはなく、無機質で何処までも冷たいものだった。


ジムノペディ
彼女が私に微笑むことはないだろう




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