追憶 | ナノ

07


「お疲れ様です」

今日でお兄様の講義は、一度終わる。聖杯戦争の為、イギリスを離れ、日本へ行く。
私がこうして、お兄様のお手伝いが出来るのも今日で最後。

荷物は多く、まとめ終わるにはまだ時間がかかりそうだった。けど、夕方までには全てを終わらせて、今度は屋敷で日本へ行く支度を手伝わなくてはいけなかったから、私はなるべく無駄をしないよう気をつけながら片付けを続けた。

「……、」

手は動かしたまま、お兄様の方へ視線を向ける。お兄様は、私の視線には気づいていない様で、黙々と荷物をまとめていらした。
今、お兄様は何を考えていらっしゃるのだろうか。そう思ったけど、私には遠く及ばないことを考えているに違いないのだろうと思い、その考えは振り払った。







「ナマエが手伝ってくれたお陰で、思っていたより早く終わった。礼を言う」
「いえ、私は大したことはしていません」

屋敷へ戻り、手伝いを終える頃には日は暮れていた。後は、お兄様が日本へ持っていかれる礼装や工房の道具を揃えるだけ。私はそれに触れることが出来ないので、実質的に私の仕事はそこで終わった。

「それに、大変なのはこれからではないですか?でも、お兄様なら、大丈夫でしょうね」

テーブルに紅茶を置き、私は向かいのテーブルに腰をかける。
そう、大変なのはこれから。魔術使いですらない私は、お兄様がこれから行うことの一握りでさえ、どんなに理解したくても、出来ない。

「そういえば、ケイネスお兄様は、聖杯に何をお願いなさるのですか?」
「願い?」

聖杯は戦いを勝ち抜いた者へ、あらゆる奇跡を起こすことが出来ると言う。

みんな、望みがあるからこそ戦うのだから、お兄様にだってあるのだろう。そう思って訊ねてみたのに、お兄様は私の質問にすぐには答えなかった。それどころか、顎に手を置き考え始めた。

「そう言えば、考えていなかったな」
「え?」
「特に望むものが無いからな…そうだ、ナマエ」

思いもよらない返答に困惑する私を余所に、お兄様は何か思いついた様に私を見ていた。
確かに、お兄様に足りないものなんて、上げろと言われて何が思いつくだろうか。そうは思っても―――

「私が聖杯を手にした暁には、ナマエ。お前の願いを叶えよう」
「わ、私のですか!?」
「私には特に聖杯に願うものなど無い。ナマエにあるのならば、それを叶えても構わんだろう」

そう言って、お兄様は笑った。
私はと言えば、お兄様の予想していなかった言葉と、「何かあるか?」の質問のお陰で、考えが全く落ち着かない。

「そんなこと、突然仰られても…」
「ナマエも、何も望むものはないか」

困った私を、お兄様は面白そうに見つめていた。お兄様は、普段は優しい方なのに、時折こうして私をからかう様な事をされる。


―――あ、


「あります!」
「ん?」
「願い事、一つだけ思いつきました」

願いが見つかって、つい興奮してしまった私は少し上ずった声でお兄様を呼ぶ。
紅茶を口にしていたお兄様が、カップをテーブルに戻して私を見た。

「で、何かな?」
「あの!…、」
「どうした?」
「やっぱり、」
「無いのか」
「そんなことありません」

いざ言おうと思うと、それが何だか恥ずかしいことの様に感じてしまい、口に出来ない。そんな私に、お兄様は訝しげに私を見つめた。
でも、折角見つけた私が何よりも思う願い。「笑わないで、頂けますか?」思った以上に小さな声で私が訊ねれば、お兄様は「そんなに可笑しなものなのか?」と訊ね返しながらも、私の頼みを聞いて下さった。

「ずっと、この先もずっと、こうしていられたらな、と」

毎日とは言わない。お兄様にだって、自分の時間があるし、ソラウお義姉様もいらっしゃる。
少しだけで構わない。私とこうしてお茶を飲みながらお話しできる時間があれば、私は何よりも幸せなのです。

私の言葉を聞き終えると、お兄様は黙ったまま。やはり、呆れられてしまったのか。笑われはしていなくても、自分で恥ずかしいことを言ったのは、自覚している。

「ナマエ。そんなこと、」
「そんなことって、私にとってはとても大事で―――」
「いや、そうではない。それなら、聖杯に願わなくとも、私がいくらでも叶えよう」

久々に、お兄様に頭を撫でられた。


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