追憶 | ナノ

08


夢を見た。夢の中では懐かしい人達が出て来て、会えたことがとても嬉しく、とても悲しかった。

「…、」

時折思い出すことはあっても、夢に出てきたのはこれが初めてだった。
夢の中で、私から少し離れた位置にいたあの人達。あの日、屋敷を出て行ったままの姿でいるそれに、私は嬉しさのあまり駆け出した。

「!?…あら、どうしたの?」

考え事に集中し過ぎていた所為で、部屋に人が入って来ようとしていたことに気付かなかった。ドアノブを握りしめたまま、こちらを窺っている。半分だけ見える表情は不安そうに私を見つめていた。

七歳の少年。グリーンの瞳、髪は私と同じ色。

「お母様がまだ起きてこないから…具合、良くないのですか?」
「あら、もうそんな時間?ごめんなさい、少し寝坊しちゃったみたい。大丈夫、私は元気よ」







あれから十年が経った。私はある魔術師の男と結婚し、その三年後には子供も授かった。アーチボルトほどではないが、代の続く魔術師の家系で、夫で六代目。息子は今のところ大きな怪我も、病気もしていない。

「珍しいね、君が寝坊なんて」
「すみません。すぐに朝食の用意をしますね」

あの人達が出て行ったあの日まで、料理はあまりしなかった。出来ないことはないけど、使用人もいたし、する必要はなかった。

けど、帰って来た時、折角だから私が作った料理を振舞いたくて、それ以来覚え始めた。あの時の私はスコーンくらいしか一人でちゃんと作れなかったし。

結局、振舞おうとした相手に食べてもらうことは二度となかったけど、練習をした成果は違う形で今、表れている。屋敷には使用人がいるにも拘らず、夫はこうして、私に料理を作って欲しいと言う。これも、偏に練習したお陰だと思う。

「それなら大丈夫だよ」
「え…?」
「お母様が具合が良くないのかと思って、僕とお父様で用意しました!」

息子に手を引かれるまま、テーブルへと向かう。見た目は、お世辞にも良いとは言えない。けど、一生懸命私に言う息子と、違ったとはいえ私に気を使って、普段料理なんてしない夫が作ってくれたんだと思ったら、嬉しくて、自然と笑みが出た。

あの人達は、同じ様なことが起きた時、私に何をしてくれたのでしょう―――

「朝御飯、有り難う。お礼に、お昼は好きなもの作って上げる。何が良い」
「本当に!?えっと、…オムライス!」

嬉しそうに言う息子の頭を撫でて、私は「オムライス好きね」と言った。相変わらず嬉しそうな息子の興味が、オムライスから突然別のモノへと移る。「あ!」と声を出したかと思えば、息子はその新たな興味の許へと走り出していた。

「ダイアナ!」

白い、老猫の頭を撫でる息子。心地良いのか、目を瞑って気持ち良さそうに鳴く猫は、私がこの家へ嫁ぐ時、一緒にアーチボルトから連れてきた唯一の存在だった。

息子とダイアナがじゃれ合う姿を、後ろから見守る私と夫。こんな光景、あの時の私からは絶対に想像なんて出来なかった。だからこそ、これがこんなにも穏やかな気持ちにさせられることに、息子が生まれて七年も経つ今も驚く時があった。

「今日、夢を見ました」
「夢?どんなだい?」
「お兄様が、いました。それから―――」

今でも、失った者への悲しみはある。それでも、昔ほど打ちひしぐことはない。悲しみの感情量は、昔も今も変わっていない。ただ、その悲しみを覆う感情を私は今見つけた。私を愛し、支えてくれる人の存在を見つけた。それだけのことだった。

「お兄様、笑っていらっしゃいました」
「…そうか、良かったじゃないか」
「はい」


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