正常か?異常か? |
「………クロエ?」 「なに?早くして」 「いや、その…これって」 向かい合わせで座るクロエは楽しそうだった。けど、その笑顔はいつものそれとはちょっと違っていて、悪戯に、少しばかり妖艶な雰囲気もあった。 僕を待つその姿も少し相まっていて、テーブルに上半身を乗り上げて前のめりな姿勢。両掌に顎を乗せて、さっきの表情で僕を待っている。 「僕、そっちの袋の中にあるので良いよ」 「これが最後の一本なの。だから、」 「だ、だったら!いいよ、クロエそれ食べて…」 「ほら、早くしないと溶けちゃうよ?」 緩く咥えているであろう、クロエの唇の中心部分は彼女の唇から伝わる体温で溶けているらしく、クロエが僕に再三の催促をした。いつもの明るい雰囲気が全く感じられないクロエは、僕を別の意味で緊張させた。 「イワン君、」 さっきより姿勢を低くして、同じくらいの高さにあった目線が下へと下がった。それに反比例してクロエの僕へ向ける視線は上へと向けられた。所謂、上目遣いと言うやつ。いつもと違う表情に、この上目遣い。恐ろしい相乗効果だった。耳が熱くなるのが判った。心臓はあと五分と持たない気がする。 「早く…、」 「!!あ、あのッ、僕…ッ」 クイッとクロエが顎を上げて僕へと突き出し、上目遣いで見つめていた瞳をゆっくりと閉じた。さっき、心臓が五分持たないなんて言ったけど、撤回。すぐにでも、破裂してしまうに違いない。 この状況をどうして良いか判らなくて、僕は脳ミソをフル回転で答えを探しだすけど見つからない。クロエは相変わらず、瞳を瞑ったまま僕を待っていた。考えていた間は時間にすれば数秒にも満たないかもしれないけど、僕にはとてつもなく長く、途方も無いものだった。 「…イワン、くん」 「ッ!?」 瞳は瞑ったままだった。でも、さっきまでの様子とは全く違う声色。寂しそうな、悲しそうな、僕がこうして何もしないことに対してのクロエの声。これって、僕の所為? 「……、」 据え膳食わぬは男の恥。日本の諺にそんなのがあるって前に聞いたことがある。まさに今の僕のことを指すのだろう。心臓は相変わらずバクバクで、いつ破裂しても可笑しくなかった。僕は少しずつ、クロエの方へと身体を傾けた。震える唇をゆっくり開き、ゆっくり、ゆっくりと。でも、確実にクロエの顔が近づいて来る。 「、」 「…!?」 クロエが咥えているそれを僕が加えた瞬間。感触が伝わったのか、それまで閉じたままのクロエの瞳が開いて、彼女の綺麗な瞳の中に僕がいっぱいに映っていた。それだけでも、本当に死ぬんじゃないかって思ったのに、クロエは僕を見て唇が少しだけど弧を描いていて、頬を少し染めて笑った。 ☆★☆★ 「なぁ、それ何の話なんだ?」 「僕とクロエがポッキーゲームをした時の話です」 「実際に?」 「いえ、…夢です」 タイガーさんが憐れむ目で僕を見た。 (イワン君、ポッキーあるけど食べる?) (え…!?) 11月11日 『折紙の日』記念 |