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「ねぇ、折角だし。これからバーにでも行かない?」 誘ったのは彼女の方からだった。突然の誘いに驚いたが、このままここにいても多分私が待つ人物が来ないことは判った。彼女が待つ恋人はもう来ないかもしれないが、私はまだ可能性がある。でも、少なくとも今日は来ないことは判った。彼女を見習って、いつまでもここで待つことは止めて、諦めをつけるべきだったのだ。 「そう言えば、まだ名前言ってなかったわね。私、ファースト」 「キース・グッドマンだ」 「じゃあ、キース行きましょ」 ファーストは私にその決心をつけるきっかけを与えてくれた。 * 「一杯目は私に奢らせて。付き合って貰ったお礼ってことで」 案内された場所は彼女の馴染みのバーらしく、バーテンとも親しく話しているのが見えた。深夜だと言うのに、まだ客は多い。ファーストが持ってきた二杯のスコッチの内の一つを受け取るとキンッ、と聞き良いグラスのぶつかる音が鳴った。 「今日の出会いに」 「あと、キースが早く彼女と再会できることを祈って」 そう言ってファーストが指したのは、今だ手にしたままの花束。 その後、何杯ものビールやカクテルを飲みながら、私と彼女の話、ファーストの話。互いに語り、聞き合った。 「私なら、貴方みたいな素敵な人に会えるんだったら毎日あの公園に行くわ」 ファーストは自分が酷い人間だと言う。確かに、行ったことはあまり良いとは言えない。しかし、彼女はその罪を判っている。 何より、こうして他人を思いやり、その行動を、その言葉を知っている。 不思議だ。あの時ベンチで彼女を待ったいる時、少なからず落ち込んでいた私の心は、一時間も経たない内にそんなことなど無かったかのように軽い。 そう、まるで――― * 目が覚めたのは聞き覚えのある音がしたからだった。薄目の状態で、音のなる方へ手を伸ばすと音の主へと届いた。いつもセットしてある目覚ましだ。時間もいつも通り、まずは顔を洗って、それから朝のジョギング。その後ジョンの散歩へ出かける。 いつも通り。だが、ベッドから出た時にいつもと違うことに気づいた。 「何故、私はこんな格好なんだ…」 その瞬間、昨晩のことを思い出した。そうだ、昨日私はあの公園で彼女にお礼を言おうとずっと待って、そして――― 「…ファースト?」 あの公園で偶然知り合った一人の女性、ファースト。彼女とあの後バーへ行き、それから――― 「………」 思いだした途端、恥ずかしくなった。 私は何て事をしたのだろう。いくら、互いに酒に酔っていたとはいえ、会って数時間の女性と… その彼女は確かに、自分が眠る直前隣で眠っていた筈なのに、まるでそれは夢だったかのように姿が無い。 本当は夢だったのだろうか?そう勘違いさせられそうなほどに彼女の痕跡はなかった。 ふ、とテーブルの上に置かれた花束に目がいった。昨日渡す筈だったそれはまだ綺麗に咲いていた。 その隣には見慣れない字で書かれた一枚のメモ。 「…!?ファースト、矢張り君は昨日ここにいた。そしてここで―――」 不純な純情 昨日はありがとう、そしてごめんなさい。 恋人さん、会えると良いわね。 最低な女より Title/Back |