リミットオーバー | ナノ


「ねぇ、折角だし。これからバーにでも行かない?」

誘ったのは彼女の方からだった。突然の誘いに驚いたが、このままここにいても多分私が待つ人物が来ないことは判った。彼女が待つ恋人はもう来ないかもしれないが、私はまだ可能性がある。でも、少なくとも今日は来ないことは判った。彼女を見習って、いつまでもここで待つことは止めて、諦めをつけるべきだったのだ。

「そう言えば、まだ名前言ってなかったわね。私、ファースト」
「キース・グッドマンだ」
「じゃあ、キース行きましょ」

ファーストは私にその決心をつけるきっかけを与えてくれた。







「一杯目は私に奢らせて。付き合って貰ったお礼ってことで」

案内された場所は彼女の馴染みのバーらしく、バーテンとも親しく話しているのが見えた。深夜だと言うのに、まだ客は多い。ファーストが持ってきた二杯のスコッチの内の一つを受け取るとキンッ、と聞き良いグラスのぶつかる音が鳴った。

「今日の出会いに」
「あと、キースが早く彼女と再会できることを祈って」

そう言ってファーストが指したのは、今だ手にしたままの花束。
その後、何杯ものビールやカクテルを飲みながら、私と彼女の話、ファーストの話。互いに語り、聞き合った。

「私なら、貴方みたいな素敵な人に会えるんだったら毎日あの公園に行くわ」

ファーストは自分が酷い人間だと言う。確かに、行ったことはあまり良いとは言えない。しかし、彼女はその罪を判っている。
何より、こうして他人を思いやり、その行動を、その言葉を知っている。
不思議だ。あの時ベンチで彼女を待ったいる時、少なからず落ち込んでいた私の心は、一時間も経たない内にそんなことなど無かったかのように軽い。

そう、まるで―――







目が覚めたのは聞き覚えのある音がしたからだった。薄目の状態で、音のなる方へ手を伸ばすと音の主へと届いた。いつもセットしてある目覚ましだ。時間もいつも通り、まずは顔を洗って、それから朝のジョギング。その後ジョンの散歩へ出かける。
いつも通り。だが、ベッドから出た時にいつもと違うことに気づいた。

「何故、私はこんな格好なんだ…」

その瞬間、昨晩のことを思い出した。そうだ、昨日私はあの公園で彼女にお礼を言おうとずっと待って、そして―――

「…ファースト?」

あの公園で偶然知り合った一人の女性、ファースト。彼女とあの後バーへ行き、それから―――

「………」

思いだした途端、恥ずかしくなった。
私は何て事をしたのだろう。いくら、互いに酒に酔っていたとはいえ、会って数時間の女性と…
その彼女は確かに、自分が眠る直前隣で眠っていた筈なのに、まるでそれは夢だったかのように姿が無い。

本当は夢だったのだろうか?そう勘違いさせられそうなほどに彼女の痕跡はなかった。
ふ、とテーブルの上に置かれた花束に目がいった。昨日渡す筈だったそれはまだ綺麗に咲いていた。
その隣には見慣れない字で書かれた一枚のメモ。

「…!?ファースト、矢張り君は昨日ここにいた。そしてここで―――」


不純な純情

昨日はありがとう、そしてごめんなさい。
恋人さん、会えると良いわね。

最低な女より




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