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「実は、貴方のことずっと見てたの」 「私のことを?」 「えぇ、私、貴方が来るずっと前から向かいのベンチに座ってて。綺麗な花束を持った人がやって来たなぁって」 “ずっと”って言うのは嘘だけど、まぁあながち間違いでもないし。彼は相変わらず不思議そうな様子で私を見つめている。 「その花束、恋人へのプレゼント?」 「いや、恋人ではないんだ。まだ」 「まだ、ってことはこれからなる予定?」 「あ!いや、そんなつもりは…!」 年齢は私とさして変わらなそうな人なのに、街灯の明かりだけでも判るくらいに顔を赤らめて恥ずかしそうに答えるその姿に、面白くてつい笑ってしまえば、彼は再び驚いた様子で私を見る。「ごめんなさい」私は口元を押さえながら彼に謝った。 「ただ、その人には随分助けられて。今日はそのお礼がしたくてここへ来たんだ」 「幸せそうね。私とはホント、正反対」 「君は何故、こんな時間まで…?」 「私がいけないの」 「え?」 「少し、長くなっちゃうけど聞いてもらえる?」 「もっとも、貴方と違って凄く最低な話なんだけど…」と付け加えれば、彼は「私で良ければいくらでも聞こう」と始め見た表情とは一変して、穏やかで素敵な笑顔を見せた。 ここへ来たのを話すのにはまず、数週間前の話から始めなければならない。 私には付き合って一年になる恋人がいた。いたって言うのは、今日その関係が完全に切れたことを意味するのだけど… 一年も付き合うと色々と喧嘩をしたり、問題が起きるのは当然だと思う。でも、私にはそれが耐えきれなかった。だから、慰めが欲しくて、私は別の人と関係を持った。それは恋人の親友で、私がしたことはすぐに恋人にバレた。 激しく咎められた。当然よ、私だって最低だと思う。いくらあの時、心が沈んでいたとはいえ、恋人の親友と寝るなんてありえないでしょう?おかげで関係は余計ギクシャクして、連絡も全くつかなくなった。電話にメッセージを残しても、メールを送っても返事はない。でも、私は恋人のこと諦めきれなくて。浮気なんてしておきながら、やっぱり彼を愛していた。もう一度チャンスが欲しくて、それで――― 「今日の午後四時にここで待ってる。もし、私にもう一度チャンスをくれるなら来て欲しいって…」 「………」 「ほら、最低な話でしょ?私もつくづくそう思う。来なくて当然だわ」 「でも、君はずっと待っていた。そしてずっと」 「そうね、何でだろう…」 すっと差し出されたハンカチ。驚いて彼の方を向けば、「使って」と微笑んでいた。始めは何のことか判らなかった。でも、手の甲に何かが落ちる感覚がして、そこを見れば水滴。 恋人に浮気がバレて、怒られ、咎められ、罵られ、散々だったけど、一度だって泣いてはいなかった。散々彼に謝ったけど、涙は不思議と出てこなかった。なのに、どうして今になって。 「…ッ、ありが、とう」 「いや、構わないさ」 「優しいのね、こんな最低な女なのに」 「君は最低な人じゃない。最低な人間はこんな時間になるまで、恋人を待ちはしない筈だ」 「本当に、…優しい人、ね」 あの日の映像 (忘れない、貴方が見せたその優しさを) (忘れない、君が見せたその頬笑みを) Title/Back |