リミットオーバー | ナノ


「ファースト、私と君は色々あった」
「えぇ…」
「一言では語り尽くせない。たくさんのことがあって、その度に喜んだり、悲しんだりもした」

突然語り出した内容に、私は彼が何を考えているのかまだ判らなくて相槌を打つことしか出来ない。けど、彼は確かに何かを言いたくて、こうしている。“大事な話”それを最後まで聞くまで、私は何も言わないことにした。何を言われるか、多少不安もあったけど、私はキースが向けるその視線を信じた。

「けど、それを乗り越えて今こうしている。それは偏にファースト、君だから出来たんだ」
「……、」
「私はヒーローで、これから先何が起こるか判らない。一緒に暮らすファーストにも迷惑をかけるかもしれない。それでも、」

ふわり、と風を操って手すりを越えると、キースはバルコニーへ降り立った。ヘルメットを床に置き、私の前に片膝をついてこちらを見つめる姿は、格好も相まって宛ら騎士の様だった。

「私はこれから先、ファーストといたい。何年、何十年、ファーストには私の傍にいて欲しいんだ」

どくん、どくん、と心音が確実に早くなっていく。キースは何処からか取り出した白い小箱を私に見せた。まるでドラマのワンシーンでも見ているような感覚だった。でも、私が今見ているのは液晶越しの映像ではなく、目の前で現実に起きているそれ。
ゆっくりと、小箱を開けるとキラキラと輝く指輪。小箱からそれが出て来ることは、何となく予想出来ていたのに、いざそれを目の前にされると、とても嬉しくて驚かされた。

「キース…!」

出てきた声は震えていた。キースは私に優しく微笑むと、手を差し出した。私は差し出された手に、そっと自分の左手を重ねる。

私がまだ若く学生だった頃、大好きだったドラマにこんなシーンがあった。大恋愛の末に結ばれた恋人が、プロポーズをするシーン。高級レストランで、一番良い席を予約して、プロポーズを申し込む姿はとてもドラマチックで、素敵なものだった。そして自分も、いつかこんな風にレストランでプロポーズされることを夢見ていた。

場所は同棲中のマンションのバルコニー。食事はデリバリーピザ。どれをとっても、あのドラマに出てきた場所を思い出せば見劣りするものばかりだけれど、私はこの瞬間、あの大好きだったドラマよりも感動的だと思った。

「ファースト、」

ゆっくりと優しい手つきで、キースは指輪を私の左手の薬指へとはめた。ピッタリとはまった指輪。シンプルなデザインながら中心で輝くダイヤモンドに、息を飲み込んだ。
込み上げてくる感情は嬉しさ。でも、これはダイヤの指輪を貰ったからとか、これがエンゲージリングだからとかじゃない。そもそも、指輪なんてよかった。

「こんな…別に良いのに…!」
「ファーストにだからこそ、したいんだ」

ギュッと私の手を握るキース。溢れ出た感情は行動へと変わって、私はキースに抱きついた。彼は驚きながらも、私の身体をしっかり受け止め、自分の腕を私の背中へと回した。
改めて正面へと向き合い、見つめ合う。優しい表情が目の前にあって、私もつられて頬が綻んで笑った。キースの右手が私の背中から頬へと移り、包んだ。

「愛している、ファースト。私と、結婚して欲しい」
「はい。こんな私で良ければ、喜んで…!」
「ファースト以外、考えてなんかいない」

ゆっくりと近づくキースの顔に、私は静かに瞳を閉じた。すぐに感じた、唇の感触にこれが夢ではなく、本当に現実に起こっていることなんだと、改めて実感させられた。それと同時に嬉しさで、零れ出した涙。
不意に身体が浮く感覚。驚いて目を開ければ、私達がいた筈のバルコニーは遠くなっていた。瞬時とまではいかなかったけど、これがどういうことか判ると私はキースを見た。

「ちょ、ちょっとキース!」
「良かった!本当に良かった!」
「判ったから、下ろして!」

キースは私を抱きかかえたまま、上空へと舞い上がる。落とされることなんてないと思ってはいても、普通いる筈のない高さにいることに怯えて、私は必死にキースの首へと腕を回した。キースはそんな私とは正反対に、嬉しそうに―――そう、それは子供の様で、純粋な瞳で私を見つめ笑っていた。

「今までで、一番嬉しい。そして、幸せだ!」
「キース…、それは私もよ」

遥か上空で重ねた唇は、私から。


ノーユー・ノーライフ



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