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『人が天から心を授かっているのは、人を愛するためである。』 昔、ある人がそう言ったらしい。全てが全て、そうだとは思わない。けど、人の心に愛があったからこそ、こうして今を幸せに過ごせているんだろうという自覚はあった。 「本当に良いの?」 「勿論だ!良いに決まってるよ、良いに」 そう言ってキースは私が持ってきた段ボールを自分の自宅へと入れていく。私の手にも段ボールがあるのだけれど、中に入るのを躊躇って、外から様子を窺っていた。そうして入り口を塞ぐように立っていた私の許へ、荷物を運び終わったキースが戻って来ると、軽々と私の手から段ボールを取り再び部屋の奥へと行ってしまった。 あれから一週間が経った。ミラが結婚した翌日、私はミラの自宅へ置いていた荷物を再び自宅へ運び直した。元々、着替えしか持って行っていなかったから、大荷物にならなかったけど。ミラの家に泊っている間に増えた服や、ミラが新居で不要と言って私に渡(処分)した日用品なんかも増えて何処から片付けて良いか判らなかった。 そんなことを三日前キースに話したら、彼はほんの数秒考えたかと思うと、満面の笑みで「良いことを思いついたぞ!」と私に言ってきたことは、ついさっきのことの様に覚えている。 「元々、私とジョンだけでは広過ぎると思っていたところだった」 「だからって、そこに人一人が住むとなるとまたちょっと違うんじゃない?」 「二日時間を欲しい」名案を思いついたキースが次に言ったのはこれだった。一体何を思いついたのか、私には何も告げずにいたキースに二日後言われたのが、同居だった。二日の間に自宅を片付け、私の荷物が置けるスペースを用意したらしく、そして三日目である今日。 「違わないさ。それに、」 「?」 「こうした方が、ファーストと一緒に入れる時間が増える」 不意に言われた言葉に、不覚にもときめいてしまった。恋愛慣れしてるなんて思っていたけど、キースに言われると聞き覚えのあるフレーズでさえ新鮮に感じ、その度に心臓が飛び跳ねそうになる。一度距離を置く前も、それに似たことはあったけど、この一週間は特に酷い気がする。 「とりあえず、これで荷物は運び終わったようだね」 「えぇ。後は片付けをするだけだし。休憩にしましょ」 「ファースト、」 「何?」 来る途中で買って来たコーヒーを用意しようとすると、キースに声を掛けられて振り返る。そこにいた彼はさっきまでの優しい表情ではなくて、何かを決意した様な真剣なものだった。その表情に私の方も自然と顔が引き締まった。 「ファーストに大事な話があるんだ。実は……!?」 「どうしたの?」 「あ、いや、……すまない、急用が」 「え?」 何度目かのお馴染みのフレーズ。さっきまでの真剣な表情が一変して、キースは私に本当に申し訳ないと言わんばかりの表情で私を見ていた。さっきまで、彼が何を言いたいのか気になったし、この段ボールの片付けもどうするのか、引っ越し祝いに今日はレストランでディナーにすると話した、とか言いたいことはあったけど、前の様な嫌な感じはなかった。 「判った。ここの片付けして、夕食の準備して待ってる」 「出来る限り、早く戻るよ」 「あたりまえよ。引っ越し初日に放って置かれるなんてありえないもの」 そう言って私が笑えば、キースも漸く安堵したのか笑ってくれた。 この心の中で尽きることのない愛がある限り、私は彼をいくらだって待っていられる。キースも同じ思いでいる限り私の待つこの場所に来てくれる。今ならそれが判る。 キースは急いでいる様子で、玄関まで行くとドアノブに手をかけた。しかし、突然身体を反転して私の方へ向ける。何か忘れ物でもしたのかと、気になってキースの許へと行くとキースに腕を引かれ、その距離は一気に縮まった。 唇に触れる感触がキースのそれだと気付くのは容易だった。私の腕を掴んでいた筈のキースの手は私の腰へと回っていた。 「愛している。すぐ戻る」 返事をさせてもらえる間もなく、キースは再びドアノブへ手を伸ばし扉を開けた。暫くしてバタン、と扉のしまる音。高鳴る心臓は落ち着くことを知らない様に、鳴り続けていた。 「…ジョン、片付けるの手伝ってくれる?」 尻尾を振ってこちらを見つめるジョンに訊ねれば、元気よく鳴いてそれに応えてくれた。 (さて、夕食までに心を落ち着かせないと…) (帰りに花束を持って帰ってきたら彼女は喜んでくれるだろうか?) ((あぁ、早く会いたい―――)) Title/Back |