リミットオーバー | ナノ


夕方の公園。まだ人がいても可笑しくない時間帯なのに、今日に限って人影が無かった。けど、これからすることを考えれば、かえって良かったのかもしれない。約束の時間まで、あと十五分。心臓がどんどん強くなるのを感じた。勢いでこんなことをしてどうなるのか、今更になって不安になってきた。

「ファースト」

さぁ、勝負の時間だ。







『十八時に公園に来て』

突然きたファーストからの連絡。電話の時は、了解してしまったが、今の私は悩んでいた。彼女の考えはどんなものであれ、受け入れる気持ちでいた。しかし、電話越しに聞こえてきた彼女の声の真剣さに、少しばかり気おされた。
ファーストは私に何と言うのだろう。それが不安だった。それは、私がまだファーストを好きだと言うことを語っていた。

「(ここで、間違いない)」

ファーストが指定したのは、私達が初めて出会った噴水前のベンチ。約束の時間にはまだ早かったから、ファーストの姿はまだ無かった。

「ファースト」

噴水の音にかき消されそうになったが、それでも聞こえた彼女の名前を呼ぶ声。発したのは、私じゃない。けど、聞き覚えのある声だった。声のした方へ少しずつ足を進めていく、丁度噴水の周りを沿って歩いて行くかたちだった。

「ファースト…!?」

呟く程度に発せられた声は、今度は私の声。そこにいたのは、間違いなくファーストだった。そしてもう一人、私の位置からでは後ろ姿しか確認できなかったが、見間違う筈ない。

「彼は―――」







「凄い格好だ。しかもブーケ付き」

式の最中に出て、そのままタクシーでここまで来てしまった。ブライズメイドドレスに、ミラに渡されたブーケを持って待っている私にレイは笑った。普段なら私も笑う所だけど、これからのことを考えるとそんな余裕はない。

「来てくれて有り難う」
「いや、君の頼みだから。それで、話って?もしかして、」
「待って!ちゃんと、私の口で言わせて」

さっき、キースの姿が見えた。彼との約束はまだ先だった。何で、今彼があそこにいるのとか考えたかったけど、今は目の前の人にだけ集中しよう。それに、もしかしたらこれはチャンスかもしれない。この場で、はっきりしよう。キースの前で。

「貴方は凄く優しい人。私みたいな人をまだ愛しているって言ってくれる、本当に優しい人。私は、感謝すべきなんだと思う。こんな私でも愛を与えてくれる貴方に」
「…じゃあ!」
「でも!でも、私は、もう、貴方を愛していない…の、」

声が震えている。駄目、はっきり言わなきゃ。
立ち止っちゃいけない。今までずっと、誰かの所為にして近くにいる人間に縋ってばかりで、その所為で周りに迷惑かけて、その度に傷ついて、また別の誰かに縋って。

「今、私には好きな人がいる。多分、貴方に向けていた愛よりも、大きな気持ちが彼にはあって。なのに、私は今そんな彼を失望させてしまっている。考えてみれば、彼には私なんかよりもっと素敵な女性がいるかもしれない」

でも、それも終わらせる。
レイにはっきり言うって決めた。キースにちゃんと伝えるって決めた。

「でも!それでも、私は…彼が、キースが好きで愛しているのッ!」

あんなに震えていた声はいつの間にか、はっきりとした声に変っていた。
レイは、私を見つめたまま動かずにそこにいる。彼の肩越しに見えるキースの表情は確認出来ない。私の声が聞こえたのかも、判らない。


貴方のいない世界など、考えたくもない

(まだ間に合うだろうか)(この声、どうかあの人に届いて)



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