リミットオーバー | ナノ


「それじゃあ、明日の結婚を祝ってかんぱーい!」

その声と共に、全員でビールで乾杯した。いつもの行きつけのバーにいるのは全員女性で、殆どが顔見知り。今日は夕方からミラのバチェラッテパーティで貸し切りになっていた。主役のミラは、高校時代の友達と話している様子だった。
週末とはいえ夕方で、外もまだ若干明るい。そんな中、この店にいる人達の一部は既にアルコールが回っていて、浮かれ状態だった。

「ファースト、何処に行くの?」
「電話。ちょっと出て来るね」

扉を出て、閉まると。散々騒がしかった音は消えた。携帯の通話ボタンを押して、着信に応答する。相手は画面に表示されたのが見えたから判っていた。

「どうしたの?レイ」
『やぁ、今夜食事でもどうかな?』
「ごめんなさい、今日はミラのバチェラッテパーティなの」
『そうか。判った、ミラに結婚おめでとうと伝えておいてくれ』
「…!?…えぇ、それじゃ」

会話の終了直前に見えた姿に、声がすぐ出てこなかった。こちらの通話が終わるのを待っていた様で、私が電話を切るとこちらへとやってきた。
近づくにつれて心臓が高鳴っていく。私は今、どんな表情で彼を見つめているのだろう。

「こんな時間からいるなんて珍しい」
「今日は友達のパーティなの」
「そうか」
「そっちこそ、さっきの人は?」

私がキースの存在に気付いた時、確かに彼は別の女性といた。顔までは見えなかったけど、スタイルが良く男女問わず誰が見ても、魅力的と言われる部類に入る人だと思う。

「いや、君の電話を待っていたら、いきなり声を掛けられてね」
「…そう」

チクリ、胸が痛んだ。やっぱり、と判っていたとはいえ、私の心は充分に動揺した。そんな表情をすれば、キースはきっと返事をしていなくても、私の気持ちに気づいてしまうかもしれない。それだけは避けたくて、私は平静を装った。でも、それ以上の感情が私の中から湧き上がって、それは知らずに言葉になっていた。







「どうしてなの?貴方はとても素敵な人。恋人だって、作ろうと思えばすぐ作れるだろうし。私なんかよりももっと綺麗で、浮気なんてしない人がすぐに、」

ファーストは視線を下に外して、それ以上言わなくなってしまった。ファーストの電話を待っている間に、見知らぬ女性に声をかけられた所を見られてしまったのは少し困ったが、それ以上に困った人物が目の前にいた。

どれだけ許すと言っても自分の罪を必要以上に重く感じ、私のそれに応えず避け続けている。
ファーストの答えなら例え私が望む結果でなくても構わなかった。ただ、私の気持ちだけは素直に受け入れて欲しい。それさえもファーストは避けようとする。

「好きだから、だけでは駄目かい?」
「え、?」
「私はファーストが罪を思う気持ち以上に君が好きで、愛している。ファーストといる時が一番心が安らぐ」

ファーストに少しでも私の気持ちが伝わるなら、いくらでも話そう。ファーストが俯かせていた顔を徐々に上げて私を見る。少し赤らんだ頬は、アルコールが入っている所為か、それとも夕陽の所為か、それとも私の気持ちが伝わってなのか判らない。

「君は出会った経緯がどうとかいうが、そんなの関係ない。あの時はまだ気づいていなかったが、私はファーストと出会った時点で君に恋をしていたんだ」

週末の街は雑踏音が大きいのに、今は全く聞こえてこない。まるで私とファーストだけが現実の空間から切り取られたかの様に静かに感じた。長い沈黙、私はファーストが何か言ってくれるのを待った。この前会った時は、気持ちを伝えるだけで終わらせてしまったが、今回は彼女の答えが聞きたい。

「ッ…私は、」
「ファースト?いつまで電話してるの?そろそろゲームを…あら?もしかして邪魔した?」

二人きりの空間は思っていたよりも早く終わってしまった。突然ファーストの背後の扉が開き、その隙間から見知らぬ女性が顔を出した。扉の隙間から洩れる音は大きく、複数の女性が盛り上がっているのが判った。扉が開く直前、確かにファーストは私に何か言おうとしていた筈なのに、それは止められてしまった。

「そ、そんなこと無いわ!さぁ、行きましょ」

ファーストはそのまま女性と共に店の中に入っていった。扉が閉まる直前まで私の方を見ていたが、その唇が動くことは無かった。


この恋に用意された距離

(近いのに遠い)(この距離を埋めるに必要な手は差し出した)

(この距離を作ったのは私)(どうするかは、私次第ってこと?)




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