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「……、」 携帯の液晶画面に映っているのは、ある人のアドレス。携帯を新しくしてから、一度もその人物へ電話もメールもしていない。携帯を変える直前まで、よくしていたのに。 画面を見続けて十分弱。震える親指は、通話ボタンを今だに押せないでいた。 「ファースト!」 不意に声を掛けられて、画面に落としていた顔を上げるとミラがいた。いつからいたのか判らない。でも、ミラは私を何度も呼んでいたようで「やっと聞こえた?」と茶化すように笑った。 用件を聞こうと思ったけど、聞く前にすぐに判った。右手にワイン、左手にはグラスが二つ。 * 「いよいよ来週かー」 「マリッジブルー?」 「そうじゃないわよ」 少なくなったワインを、ミラのグラスに注いだ。続いて、自分の分。ボトルの中のワインは半分程度減っていた。 「来週までだよ」 「…判ってる」 「まぁ、私としてはすぐにでも構わないんだけどねー」 ミラは来週式を上げる。挙式後、ミラは恋人と新居に住み、そこで結婚生活を送る。それはつまり、私がここに泊っていられるのは来週までってこと。部屋は既にある程度片付けられていた。必要最低限の物を除いて、スッキリとした空間は少し広過ぎる様な感じがした。 「ねぇ、ミラ」 「んー?なぁに?まさか、新居にまで泊らせて!とか言わないわよね?」 「言わないわよ、そんなの。あのね、…この前、キースに会ったの」 ミラが持っていたグラスをテーブルに置いて、私の方へ身体を向き直した。 この前、キースと偶然会ったことをミラに話した。彼に言われたことも、全て。私が全て話し終わるまで、ミラは何も言わず私の話を全部聞いてくれた。おかげで、私も自分の中であの時のことを整理しながら話せた気がする。 「それで、あの時様子が変だったんだ」 「えぇ」 「で?」 「…判らない。気持ちははっきりしている。でも、」 素直に動けない自分がいた。上手くいく自信がなかった。 それに、レイのこともあった。キースに会った翌日彼とは食事をして、その時告白された。二回目の告白。キースのこともあって、返事はしていない。 「でも、気持がはっきりしているなら、断れば良いじゃない」 「そう、よね」 ミラの言うことはもっともだと思う。ちょっと前の私だったら、好きならすぐにその気持ちに応えて、行動していたに違いない。こんなに悩んで苦しい気持ちになったのは、高校の時以来かもしれない。いえ、もしかしたらそれ以上に今の方が苦しい。 「例え、何があっても私はファーストの見方だから」 「…有り難う」 恋愛上の温故知新 (携帯の液晶は彼の名前が表示されたままだった) Title/Back |