リミットオーバー | ナノ


「ファーストは後悔している。あなたのことをまだ愛しているし、忘れていない。でも、そんなこと言える立場じゃないからって」

もし、私とミラの間にテーブルと言う隔てが無ければ、彼女はきっと私の腕を掴んで訴えてきそうだった。親友とはいえ、これほどまでに心配されているファーストは、本人が言う様な“最低な女”ではないのだと思う。

「私はファーストとの付き合いは結構長い。だから判るの、あなたと付き合っている時が一番幸せそうだった」
「…私は、」
「こんなこと言われて迷惑なのは判っている。でも…いえ、」

それまで懸命に話していたミラの言葉が止まった。「やっぱり、ごめんなさい」次に出た言葉はそれだった。

「今日のことは忘れて。時間とってしまって本当にすみません」
「いや、…」
「ここの支払いは私がしますから」

彼女は荷物をまとめて立ち上がり、伝票をとり会計を済ますと出て行ってしまった。私は何も出来ないまま、ミラが出て行くのを見つめているだけだった。
彼女の言葉に対し、何も言えなかった。自分の中に残るファーストへの気持ち。

判らなかった。あの日のことは忘れもしない。ただ、そこに生れた感情が何だったのか、判らなかった。
ファーストが私ではない別の男とキスをしているのを見て、傷ついた?嫌悪した?それとも―――



結局その答えが判らないまま、偶然ファーストと再会をした。
自分から探すと見つからないのに、意識せずにいると不意打ちで現れる。

二週間振りの彼女は、少し痩せた様な気がした。答えの出ないままの私は何を話して良いのか判らない。何とか口に出した言葉は、ファーストに動揺が伝わっていないかと不安だった。
ファーストはあの日と同じだった。揺れる瞳で私を見つめ、決まっているようなセリフを告げる。このままでいけば、また彼女が一方的に別れを告げて、私の前から去ってしまうだろう。

駄目だ―――

気付けば私は走り出していた。少し前に私の前から去っていったファーストを追う為に。
頭が整理していなくたって、身体が本能的に判っていた。私にはファーストが必要で、ファーストをまだ愛しているんだと。







キースから突然の告白を受けてすぐ、私は彼と別れた。てっきり、私が何か言うまで話してくれないのかと思ったけど、彼は驚くほどあっさりと私の腕を放した。「私の気持ちだけは知っていて欲しい」とそれだけを告げて。

「おっそーい。夕食用意してくれるって言うから、何もしないで待っていたのに!」
「…ごめん、」
「何?どうかした?」
「へ?…あ、いえ、その、…何でもない」

ミラは既に家に帰っていて、開口一番に夕食について怒られた。動揺しているのがまる判りな気がしたけど、ミラは(珍しいことに)それ以上言及はしてこなかった。慌てて夕食の準備をするけど、頭の中はさっき起きたことでいっぱいだった。

自分が悪いのは充分判っている。だから、どんなに思いがあったとしても、それを抑え込む様にした。なのに、その決意を簡単に覆すような言葉を言われた。
キースの気持ちは素直に嬉しかった。でも、それで本当に良いのか判らない。あのまま、また彼の言葉を素直に受け入れて、それで―――


簡単な道はあるけれど

(それを素直に選べない)(選べるなら、きっとこんな思いはしていないんでしょうね)



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